成長因子代替ペプチドの共同開発に成功
再生医療等製品の製造時には、様々な因子を使ってiPS細胞などの幹細胞を分化させる必要があります。
この因子は多くの種類の分子を含み、中でも成長因子は重要な役割を果たします。
オリヅルセラピューティクス株式会社とペプチグロース株式会社は、2023年8月22日に発表した、オリヅルセラピューティクスが開発する再生医療等製品の製造時に使用されるリコンビナント成長因子を代替する化学合成ペプチドの共同開発の完了を報告しました。
このペプチドはリコンビナント成長因子と同様に細胞受容体に結合し、細胞内でのリン酸化およびシグナルを誘発し、多能性幹細胞から分化誘導および増殖を引き起こすとされています。
開発した分子は、成長因子代替ペプチドと呼ばれるものです。
このペプチドは、従来品の血清、リコンビナント成長因子が抱える高額な製造コスト、物質安定性、製造ロット間の不均一性、生物由来原料基準などの課題を全て解決し、再生医療・細胞治療業界の更なる普及・拡大に貢献することを目指しています。
オリヅルセラピューティクスとペプチグロースとはどのような企業か
オリヅルセラピューティクス株式会社は、2021年4月9日に設立された研究開発型企業で、iPS細胞由来の再生医療等製品の開発や、iPS細胞関連技術を活用した創薬研究支援、再生医療研究基盤の整備を行っています。
同社は、京都大学iPS細胞研究所(CiRA)と武田薬品工業による共同研究「T-CiRAプログラム」の事業化を目的として発足し、慢性心不全の根本治療を目指すiPS細胞由来心筋細胞「iCM」や、1型糖尿病の治療を目的としたiPS細胞由来膵島細胞「iPIC」の開発を推進しています。
本社は神奈川県藤沢市の湘南ヘルスイノベーションパーク内に位置しています。
ペプチグロース株式会社は、2020年4月にペプチドリーム株式会社と三菱商事株式会社の合弁会社として設立された企業で、再生医療や細胞治療等製品の製造に使用される成長因子やサイトカインの代替となる機能性ペプチドの開発・製造・販売を行っています。
同社は、完全化学合成による成長因子代替ペプチドを提供することで、従来の成長因子が抱える品質のばらつきや高コストなどの課題解決に取り組んでいます。
本社は東京都千代田区に所在します。
オリヅルセラピューティクスは、細胞治療製品および革新的なiPS細胞関連技術の社会実装を目指し、iPS細胞由来の心筋細胞や膵島細胞を用いた再生医療の研究開発、および他事業会社や大学機関との協業による開発候補シーズの事業化支援を行っており、ペプチグロースは、ペプチドリーム株式会社が保有している独創的ペプチドディスカバリー技術を活用し、共同研究開発を行いました。
ペプチド合成技術とiPS細胞
ペプチド合成技術は、iPS細胞の培養、維持、分化誘導、機能制御など、さまざまな面で応用が期待される技術です。
まず iPS細胞培養における成長因子の代替です。
iPS細胞の培養には、細胞の未分化状態を維持し、増殖を促すために以下のような成長因子が使用されます。
・bFGF(塩基性線維芽細胞増殖因子, basic Fibroblast Growth Factor)
・TGF-β(トランスフォーミング成長因子)
・Activin A(アクチビンA)
・EGF(上皮成長因子)
従来、これらの成長因子は大腸菌や哺乳類細胞を用いた遺伝子組換え技術で製造されています。
しかし、遺伝子組換えタンパク質には、コストが高い(動物細胞を用いた培養が必要)、品質のばらつき(ロットごとに変動する可能性)、ウイルス・プリオン汚染のリスク(動物細胞由来の場合)といった課題があります。
この問題を解決するために、ペプチド合成技術を活用し、化学合成ペプチドによる成長因子代替が研究されています。
例えば、今回のペプチグロース社のように、iPS細胞の培養に必要な成長因子の代替ペプチドを開発しており、安全性とコスト面での優位性を提供する企業もあります。
iPS細胞を特定の細胞に分化させるには、以下のようなシグナル伝達経路を制御する成長因子が不可欠です。
・Wntシグナル(骨形成や神経分化)
・BMP(骨形成タンパク質, 神経や心筋の分化)
・FGF(神経・心筋・肝細胞の分化)
・Notch(血管内皮細胞や免疫細胞の分化)
例えば、心筋細胞(iCM)の分化にはWntシグナルの制御が重要であり、膵島細胞(iPIC)の分化にはFGFやTGF-βの調整が求められます。
ペプチド合成技術とは?
ペプチド合成技術には、主に 液相合成法(Liquid-Phase Peptide Synthesis, LPPS) と 固相合成法(Solid-Phase Peptide Synthesis, SPPS) の2つの方法があります。
現在では、特に 固相合成法(SPPS) が広く用いられています。
固相合成法は、1963年に Bruce Merrifield によって開発された方法で、アミノ酸を樹脂に固定した状態で合成を行う技術です。
この方法は 自動化 しやすく、長鎖ペプチドの合成にも適しています。
Wang樹脂 や Rinkアミド樹脂 などを用い、C末端アミノ酸を固相に固定し、さらにN末端を保護します。
次にHBTUやHATUなどの縮合剤(カップリング試薬)を用いて、次のアミノ酸を縮合し、必要なペプチド鎖ができるまでこの工程を繰り返す。
そしてTFA(トリフルオロ酢酸)などの酸で樹脂から切り離し、HPLC(高速液体クロマトグラフィー)で精製します。
この方法は、高速で効率的に合成可能、精製は最終段階のみでOK(中間生成物の精製が不要)、そして樹脂の選択によりC末端の化学修飾が可能といった利点がありますが、大量合成にはコストが液相合成よりも高くなる傾向があります。
近年の技術動向は、自動合成装置の発展(ペプチド自動合成機)、クリックケミストリー を用いた修飾ペプチドの合成、精密合成(L-アミノ酸/D-アミノ酸の選択的導入)、ペプチドミメティクス(ペプチド類似分子の設計)が発達し、技術の進歩をサポートしています。
化学合成ペプチドによる分化制御
従来の方法では、遺伝子組換えタンパク質を使用して分化を誘導していましたが、これをペプチド合成技術による人工ペプチドに置き換えることで、より安全かつ効率的に分化を制御することができます。
例えば、ペプチグロース社が開発した完全化学合成ペプチドは、従来の成長因子と同様の機能を持ちながら、安定性が高く、品質のばらつきが少ないことが特徴です。
これは医療現場への応用において非常に重要なポイントです。
iPS細胞を用いた細胞治療(再生医療)では、心筋細胞、膵島細胞、神経細胞などを体外で分化・成熟させてから患者に移植します。
しかし、移植後の生着率や機能維持には、移植細胞の生存率向上(生着率が低いと効果が限定的)、免疫拒絶の抑制(異種細胞移植に伴う拒絶反応)、機能成熟の促進(分化した細胞が完全に機能する必要がある)などの課題が存在します。
これらの課題を解決するため、ペプチド合成技術を用いた機能性ペプチドが研究されています。
例えば、移植細胞の生存を助けるペプチド(抗アポトーシス機能を持つ)、免疫応答を調整するペプチド(免疫抑制因子を模倣する)、細胞間シグナルを強化するペプチド(シナプス形成や細胞接着を促進)があります。
iPS細胞培養におけるコスト削減と大量生産
iPS細胞を実用化するためには、大量培養が不可欠ですが、従来の方法ではコストが非常に高くなります。
特に、成長因子やサイトカインのコストが高いため、これをペプチド合成技術を活用した低コストの培養系に置き換えることで、再生医療の普及が進むと期待されています。
例えば、bFGFをペプチドに置き換え、iPS細胞の培養コストを削減、完全合成ペプチドを使用することで、品質管理を容易にする、長期保存可能なペプチドを用いることで、培養液の交換頻度を減らすといった利点があります。
ペプチド合成技術は、iPS細胞研究と再生医療における重要なポイントは、
・iPS細胞の培養における成長因子の代替(コスト削減・品質安定)
・iPS細胞の分化誘導における新規ペプチドの開発(分化効率向上)
・iPS細胞由来の細胞移植療法におけるペプチドの応用(生着率向上・免疫抑制)
・iPS細胞の商業化における大量培養技術の確立(コスト削減・スケールアップ)
が挙げられます。
今回創製した成長因子代替ペプチドを使用することにより製造コストの大幅な削減が見込めるほか、従来のリコンビナント成長因子の課題であった製造ロット間の品質差等の懸念も払拭され、オリヅルセラピューティクスにおける経済合理性、生産性の向上が可能となります。
代替ペプチドの将来性について
ペプチド合成技術を用いた代替ペプチド(機能性ペプチド)は、再生医療や細胞治療、バイオ医薬品製造の分野で大きな可能性を秘めています。
現在の技術が抱える課題を解決し、医療・産業応用を加速させる鍵となるため、今後の発展が期待されています。
これまで動物培養細胞を使い、遺伝子組み換え技術によって作っていたペプチドを化学合成で生産することによってコストの大幅なカットが可能となります。
さらに、動物培養細胞から作ったペプチドは、作業ロット間で品質にばらつきがあるのに対し、化学合成では品質を一定にすることができます。
この化学合成による代替ペプチドはiPS細胞・ES細胞の培養と分化に応用されることで、
低コスト・高品質な代替ペプチドは、iPS細胞培養・分化・細胞治療に不可欠な技術となること、再生医療・抗体医薬・mRNAワクチン・創傷治療・化粧品など多岐にわたる応用が期待されます。
今後、課題とされる生体安定性・標的特異性・規制対応を克服することで、2030年以降に本格的な市場拡大が見込まれています。
今回の研究開発はそのモデルケースとして大きな注目を集めています。


