ヒト骨髄をチップ上に再現 免疫記憶を支える細胞の動きを可視化

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骨の奥に隠されていた「免疫記憶」の現場を見る

感染症にかかったりワクチンを接種したりすると、体内ではその病原体に反応する抗体が作られます。感染が終わったあとも抗体を作り続ける細胞の一部は、骨髄の中へ移動して長期間生き続けます。

その中心となるのが「形質細胞」です。形質細胞は、B細胞という免疫細胞から生まれ、抗体を大量に作る役割を担っています。長く生き残る形質細胞は、感染症やワクチンに対する長期的な免疫を支える重要な存在です。

しかし、人間の骨髄の中で形質細胞がどこへ移動し、どのような環境を選んで生き残っているのかを直接観察することは困難でした。骨髄は骨の内部にあり、生きた人間で細胞一つひとつの動きを長時間追跡することが難しいためです。

これまでの知識の多くはマウス実験や、単純化した培養実験から得られていました。しかし、マウスと人では免疫系に違いがあります。また、通常の培養皿では、血管や骨の周囲に存在する複雑な細胞環境を十分に再現できません。

そこで、ジョージア工科大学やヴァンダービルト大学などの研究チームは、人間の骨髄環境を小さなチップの中に再現しました。2026年9月11日に『Science Advances』で発表された研究です。

この「骨髄オンチップ」は、単に細胞を並べたものではありません。血管と、その周囲を支える細胞、骨に近い環境まで立体的に再現し、そこへ人の抗体分泌細胞を送り込むことで、これまで見えにくかった免疫細胞の動きを観察できるようにしました。

間葉系幹細胞から血管まで、骨髄の「居場所」を小さなチップに再現

骨髄は、均一な空間ではありません。場所によって存在する細胞や分子が異なり、細胞が生きるための「ニッチ」と呼ばれる特別な環境が作られています。

研究チームは、その中でも「血管周囲ニッチ」と「骨内膜ニッチ」という二つの環境に注目しました。血管周囲ニッチは骨髄内の血管の周辺にある環境です。骨内膜ニッチは、骨の内側の表面に近い環境を指します。

骨髄オンチップの構築には、ヒトの間葉系幹細胞(MSC)も使われました。MSCは骨髄に存在し、周囲の細胞を支える組織や骨などに関わる細胞です。今回の研究では治療目的で投与されたのではなく、実際の骨髄に近い環境を作るための重要な構成要素として利用されています。

まずMSCをチップ中央に配置し、骨に近い環境へ分化させました。その後、ヒト臍帯静脈内皮細胞やMSCなどを加え、内部に血液が流れるような細い血管ネットワークを形成しました。

こうして研究チームは、骨に近い領域と血管に近い領域が共存する三次元の骨髄モデルを作り上げました。

次に必要になるのが、観察する免疫細胞です。

研究チームは、人の扁桃組織などから得たB細胞を使い、「リンパ系オルガノイド」を作製しました。オルガノイドとは、細胞を立体的に育てて、臓器や組織の一部の特徴を再現したものです。

このオルガノイドの中でB細胞を抗体分泌細胞へと変化させ、骨髄オンチップへ送り込みました。これにより、人の免疫細胞が人の骨髄に近い環境へ移動していく様子を追跡できる実験系が完成しました。

抗体を作る細胞は、血管のそばへ自ら集まっていた

研究チームが骨髄オンチップへ抗体分泌細胞を送り込むと、細胞は均等に散らばりませんでした。

細胞はチップ内部に作られた血管を移動し、やがて血管の周囲へ集まっていきました。そこには、CXCL12やVCAM-1など、免疫細胞の移動や生存に関係する分子が存在していました。

この結果から、抗体分泌細胞は骨髄へ入ったあと、たまたま居場所を決めているわけではない可能性が見えてきます。生き続けるために適した環境を探し、特定の場所へ集まっていると考えられます。

さらに興味深かったのが、細胞の動き方です。

長く生きる形質細胞は、一度骨髄に落ち着くと、ほとんど移動しない細胞として捉えられることがありました。しかし今回、一部の抗体分泌細胞は長く停止したあとに再び動き出し、また別の場所で止まるという「stop-and-go」の動きを示しました。

研究では細胞の移動を詳しく調べるため、条件比較の一部で計1,800細胞を追跡しています。骨に近い環境を加えた場合と加えなかった場合では、細胞の移動や残り方にも違いがみられました。

つまり、血管周囲と骨側の環境は、それぞれ別々に働いているのではありません。複数のニッチが影響し合いながら、抗体を作る細胞の移動、生存、定着を調整していると考えられます。

CXCL12が示した、細胞を目的地へ導く仕組み

では、抗体分泌細胞は何を手がかりに移動しているのでしょうか。

研究チームが注目したのが、CXCL12とCXCR4です。CXCL12は細胞を引き寄せる目印のような働きを持つ物質で、CXCR4はその信号を受け取る細胞表面の受容体です。

研究では、CXCR4の働きを妨げるAMD3100という物質や、CXCL12の作用を抑える方法を使って、細胞の移動がどう変化するかを調べました。

その結果、CXCL12とCXCR4の情報伝達を変えると、抗体分泌細胞の動き方や集まり方にも変化がみられました。これにより、この仕組みが細胞の移動を少なくとも部分的に制御していることが示されました。

骨髄では、CXCL12を作る間質細胞やMSCが、造血幹細胞を含むさまざまな細胞を支えています。今回の成果は、MSCを含む骨髄の周辺環境が、抗体分泌細胞にとっても重要であることを、人の細胞を使った立体モデルで観察した点に意味があります。

さらに研究チームは、抗体分泌細胞の生存に関係するBAFFやIL-21と呼ばれる物質についても調べました。骨髄は単なる細胞の保管場所ではなく、多くの細胞と分子が協力して免疫細胞を支える「生態系」のような場所であることがわかります。

この仕組みを詳しく理解できれば、なぜ一部の抗体が何十年も作られ続けるのか、反対になぜ免疫記憶が弱くなってしまうのかを考える手がかりになります。

ワクチンだけでなく、自己免疫疾患や血液がん研究にも広がる

長く生きる形質細胞は、感染症から体を守るうえで重要です。しかし、長く生きることが常によい方向へ働くとは限りません。

たとえば自己免疫疾患では、自分自身の組織を攻撃する抗体が作られ続けることがあります。アレルギーでも、特定の物質に対する抗体が症状に関わります。

また、形質細胞が異常に増える代表的な病気には、多発性骨髄腫があります。どのような骨髄環境が異常な細胞を生かし続けるのかを理解することは、病気の仕組みを調べるうえで重要です。

これまで、人間の骨髄環境を生きた状態に近い形で操作しながら観察することは困難でした。骨髄オンチップなら、特定の細胞や分子を加えたり減らしたりして、その結果をリアルタイムに観察できます。

研究チームは、患者由来の細胞をこのモデルへ組み込む可能性にも言及しています。たとえば高齢者の細胞を使えば、加齢によって抗体を作る細胞の働きがどう変化するかを調べられる可能性があります。

自己免疫疾患やアレルギーを持つ人の細胞を使えば、病気に関係する形質細胞がどのような環境で作られ、生き残るのかを調べる研究にもつながります。

ただし、今回の研究は治療法を患者に試したものではありません。骨髄オンチップ自体を体へ移植する技術でもなく、MSCを投与した治療研究でもありません。

今回示されたのは、人の免疫と骨髄の関係をこれまでより詳しく調べるための研究基盤です。

幹細胞を「治療材料」だけでなく、環境を作る細胞として見る

再生医療では、幹細胞を傷ついた組織へ投与し、修復を目指す研究が注目されます。しかし幹細胞の役割は、「新しい細胞を作ること」だけではありません。

今回の骨髄オンチップでも、MSCは骨髄環境を作る重要な細胞として利用されています。MSCが血管の周囲に存在し、CXCL12をはじめとする分子を介してほかの細胞を支えるという性質は、骨髄がどのように機能しているのかを理解するうえで欠かせません。

さらに、実際の人間に近い組織モデルが作れるようになれば、新しい薬を動物だけで評価する方法から、人の細胞を使って事前に反応を調べる方法へ研究を広げられる可能性があります。

特に免疫の研究では、同じ薬でもマウスと人で反応が異なることがあります。ヒト細胞で作られた骨髄モデルは、その間を埋める手段の一つになります。

一方、現在のモデルが人体の骨髄を完全に再現しているわけではありません。実際の骨髄にはさらに多くの種類の細胞があり、神経、血流、全身から届くホルモンや炎症物質なども影響しています。

今回の成果は「人工骨髄が完成した」という研究ではなく、人の骨髄で起こる細胞同士のやり取りを詳しく観察できるようになった研究です。

骨髄は、造血幹細胞が血液を作る場所であるだけでなく、長期の免疫記憶を支える場所でもあります。その環境をヒト細胞で再現できるようになったことで、ワクチン、加齢、自己免疫疾患、血液がん、そして幹細胞を取り巻く微小環境の研究が、より人に近い条件で進むことが期待されます。


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