画像解析と機械学習を用いたヒトiPS細胞の分化効率の早期・非破壊予測法を開発

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画像解析と機械学習を用いたヒトiPS細胞の分化効率の早期・非破壊予測法を開発

北條未来氏(当時:CiRA臨床応用研究部門 研究員、現:アステラス製薬/CiRA基盤技術研究部門 共同研究員)、櫻井英俊 准教授(CiRA臨床応用研究部門)らの研究グループは、エピストラ株式会社(所在地:東京都品川区、代表者:代表取締役CEO 小澤陽介)と共同で、ヒトiPS細胞から骨格筋幹細胞を分化誘導する過程において、細胞画像解析と機械学習を用いて、最終的な分化効率を早期に非破壊的に予測する手法を開発しました。

 

開発した手法では、最終(82日目)の分化効率を、分化24〜34日目時点の画像から予測可能であることが示されました。今回開発した手法により、長期間の培養がボトルネックとなっていた分化誘導系において、最終的な分化結果を早期に峻別できるようになりました。

これにより、効率的な分化細胞の取得が可能となり、再生医療研究の加速が期待されます。

 

細胞の非破壊検査法とは?

細胞の非破壊検査法とは、測定・解析後も細胞を生きたまま保持し、機能・構造を損なわずに情報を得る方法です。

従来の多くの細胞解析法(例:免疫染色、フローサイトメトリー、qPCR)は細胞の固定・破砕・溶解が必要で、一度解析すると細胞は再利用できません。

これに対して非破壊法では、同じ細胞を複数回・長期的に評価でき、時間軸に沿った動態変化や個体差・細胞間異質性を直接観測可能です。

 

非破壊検査の設計には、以下の4つの原則が重要です。

  1. 針やマイクロピペットで直接細胞内部を破壊しないという物理的侵襲の回避。
  2. 細胞毒性のある染色剤や高濃度溶媒を使わないという化学的負荷の最小化。
  3. 強光や高出力レーザー、過剰な電流による光毒性・熱障害を防ぐためのエネルギー負荷の制御。
  4. 観察中も培地の温度、pH、酸素濃度、栄養状態を一定に保つための環境維持です。

非破壊検査法にはさまざまな手法があり、原理に応じていくつかに分類できます。

光学的手法では、光路差をコントラストに変換し、生きた細胞の形態を染色なしで観察可能にする位相差顕微鏡、光の干渉を利用して細胞の立体的構造を可視化する微分干渉(DIC)顕微鏡、GFP・mCherryなどの蛍光タンパク質を遺伝子導入で発現させ、特定分子の局在や動態をリアルタイム観察。毒性低減型蛍光プローブも利用する蛍光ライブセルイメージングが代表例です。

 

さらに深部観察が可能で、光毒性も低い二光子励起顕微鏡、分子の振動状態による散乱光を解析し、細胞内成分(タンパク質、脂質、核酸、代謝物)をラベルなしで同定・定量できるラマン分光法があります。

ラマン分光法は、幹細胞の分化度判定、がん細胞の代謝変化検出に使われています。

 

* 赤外分光(FTIR)

さらに赤外吸収スペクトルから化学組成を解析。水や培地の影響を補正して利用する赤外分光(FTIR)も光学的な手法に分類されます。

 

電気的計測法には、細胞が電極上に付着すると電気抵抗が変化し、そのパターンから形態変化・バリア機能を非侵襲的に評価するインピーダンス測定(ECIS: Electric Cell-Substrate Impedance Sensing)、神経細胞や心筋細胞の活動電位を長期的に記録するために多用されるマイクロエレクトロードアレイ(MEA)があります。

 

その他に分類される方法では、マイクロ流体・機械的解析に属するマイクロ流体チップ内培養、これは数十〜数百μmの流路で単一細胞や微小コロニーを培養しながら薬剤添加・洗浄を自動制御する方法、そして光や音波で非接触的に細胞を捕捉・操作しながら観察する光ピンセット・音響トラップが使われています。

 

非破壊検査法の応用分野

非破壊検査方法は、再生医療においては重要な技術となりつつあります。 iPS細胞やES細胞の分化効率の非破壊評価では、ラマン分光やインピーダンスで、分化前後の化学組成・付着パターン変化を測定する方法が使われており、移植用細胞の品質管理にも応用されています。

 

また、がん細胞の形態変化、インピーダンス変化、代謝プロファイルを非侵襲的に取得することで抗がん剤感受性のリアルタイム評価、生きた状態で代謝指標や表面マーカーを検出し、そのままクローン化培養へ持ち込むことができるがん幹細胞の特定も使われています。

 

そして大量の薬剤候補を同一細胞群で連続評価でき、サンプル消費を抑制できるため、時間依存的な薬効・毒性の測定を行い、創薬への応用も見込まれていますし、細胞周期、分裂、移動、細胞間相互作用の長期追跡と微小環境変化に対する細胞応答の動的解析にも適しています。

 

利点としては、細胞の生理的状態を保ったまま評価できること、同一細胞を複数時点で測定可能(タイムラプス的データ)、試料消費が少なく、希少細胞の解析に有効、そして移植や後続実験への利用が可能です。

 

一方で限界・課題としては、高感度化と空間分解能の両立が難しい、装置コストや運用技術が高度、光毒性や熱による微細な影響をゼロにはできない、データ解析の複雑さ(ビッグデータ処理・AI解析の必要性)が挙げられます。

 

将来は、AI画像解析との融合による形態・運動・分子プロファイルから自動で細胞状態を分類することに使われると考えられています。

多モーダル計測では光学・電気・分光データを同時取得する統合プラットフォームを用いますが、この技術は臨床現場への導入技術である血液中循環腫瘍細胞(CTC)の非破壊解析、個別化医療への即時応用、in vivo非破壊評価としての生体内の細胞を侵襲なく可視化する光学・分光プローブの開発も見込まれています。

 

骨格筋幹細胞とは

骨格筋幹細胞は、骨格筋線維の基底膜と筋線維の細胞膜(筋鞘)との間に存在する静止状態の筋特異的幹細胞です。

形態的には紡錘形の小型細胞で、通常は静止期(G0期)にあり、筋損傷や強い運動負荷などの刺激を受けると活性化され、筋再生に関与します。

これらは自己複製能と多分化能を持ち、新たな筋線維形成や既存筋線維の修復に寄与します。

 

骨格筋幹細胞の分化は、大きく次の流れで進みます。

  1. 活性化(Activation)

損傷や成長因子刺激により静止状態から細胞周期へ復帰。

  1. 増殖(Proliferation)

活性化細胞は筋芽細胞(myoblast)へと変化し、盛んに増殖。

  1. 分化開始(Commitment)

筋芽細胞が細胞周期を離脱し、筋分化特異的遺伝子群を発現。

  1. 融合(Fusion)

筋芽細胞同士が融合し、多核の筋管細胞(myotube)を形成。

  1. 成熟(Maturation)

筋管細胞が成熟筋線維へと発達し、収縮機能を獲得。

 

分化誘導の実験的手法は以下のようになります。

増殖期培養では、高血清濃度(例:10〜20% FBS)培地でPax7陽性の状態を維持しつつ増殖しますが、まずは血清濃度を低下(例:2% horse serum)させ、増殖因子(FGF, EGF)を除去します。

 

この時、コラーゲンやラミニンでコートすると接着性・分化効率が上昇し、補助因子IGF-1やデキサメタゾン添加で融合効率向上が起こります。

 

分化評価の指標は、形態学的変化:多核の筋管形成、紡錘形から円筒形への変化、分化マーカー発現で測られます。

 

分化制御の応用は、再生医療:筋ジストロフィーなどの筋疾患治療用細胞源、バイオ人工筋肉:移植・義肢への組み込み、薬剤評価:筋萎縮抑制薬や分化促進薬のスクリーニングが研究開発されています。

 

骨格筋幹細胞の分化誘導は、Pax7を中心とする幹細胞性維持機構から、MyoD / Myogeninによる筋芽細胞分化プログラムへと移行する多段階プロセスです。

外部シグナル(Notch, Wnt, FGF, IGFなど)と内部転写因子ネットワークが連動し、最終的に融合・成熟筋線維の形成に至ります。

この過程の精密な制御は、筋疾患の治療、再生医療、機能性食品・薬剤開発において不可欠です。

 

細胞画像解析と機械学習

細胞画像解析と機械学習の関連性は、近年の細胞生物学、再生医療、がん研究、創薬の分野において極めて重要な位置を占めるようになってきています。

細胞画像解析とは、顕微鏡やライブセルイメージング、ハイコンテントスクリーニングなどの手法を用いて取得した細胞の画像から、形態や構造、蛍光強度、時間的変化などの特徴を定量的に抽出し、それを解析する技術です。

 

従来、この作業は人間が観察し、面積や形状などの特徴を手作業で計測してきましたが、顕微鏡の高解像度化や観察時間の長期化、多チャネル化によって得られるデータ量が飛躍的に増大した結果、手動解析では再現性や速度、客観性の面で限界が生じるようになりました。

 

この限界を克服するために導入されてきたのが機械学習です。

機械学習を細胞画像解析に組み合わせることで、大量かつ複雑な画像データから特徴を自動的に抽出し、分類や予測、異常検出を行うことが可能になります。

 

従来は面積や円形度、核と細胞質の比率といった解析者があらかじめ定義した特徴量を計算して用いていましたが、特に深層学習を利用した場合には、そのような事前定義を必要とせず、画像そのものから最適な特徴を自動的に学習することができます。

 

このような特徴抽出の自動化は、分類や回帰、さらにはセグメンテーションの精度向上に直結します。

分類では、例えばiPS細胞の分化段階やがん細胞と正常細胞の識別、薬剤処理群と非処理群の判別などが可能になります。

 

回帰では、画像から蛍光強度や形態的パラメータを推定し、それらを用いて分化度や代謝活性などの機能的指標を数値的に予測することができます。

 

また、セグメンテーションは画像中の各画素を細胞や核、細胞小器官といった領域に分割する処理であり、細胞追跡や融合、死滅といった動態解析の前提となります。

深層学習モデルであるU-Netなどは、この領域分割において非常に高い性能を発揮します。

 

さらに、異常検出では正常細胞の特徴を学習させ、それから外れるパターンを自動的に抽出することで、培養中のコンタミネーションや形態異常を早期に発見することも可能です。

このような解析は、まず顕微鏡画像の取得から始まり、その後ノイズ除去や輝度補正、コントラスト調整などの前処理を行います。

 

続いて特徴抽出を実施し、機械学習ではCNN(畳み込みニューラルネットワーク)のようなアルゴリズムが画像データから直接的に特徴を学習します。

得られた特徴はモデルの学習に用いられ、分類や回帰などの予測モデルが構築されます。

これらのモデルは精度指標によって評価され、必要に応じて改良されます。

 

細胞画像解析と機械学習の組み合わせは、多様な研究応用が可能です。

再生医療分野では、iPS細胞の分化効率を非破壊的に予測したり、骨格筋幹細胞の成熟度を定量的に評価したりすることができます。

 

がん研究では、病理画像から腫瘍の悪性度や転移リスクを自動判定したり、抗がん剤耐性を形態パターンから識別したりすることが可能です。

創薬分野では、ハイコンテントスクリーニング画像を用いて薬剤応答パターンを分類・クラスタリングし、複数薬剤の作用メカニズムを形態学的プロファイルから予測する試みも行われています。

 

機械学習導入の利点は、大量データを高速かつ自動で処理できる点にあり、観察者の主観や経験に依存しない客観性と再現性の高い解析が可能になることです。

また、人間の目では気づきにくい微細な形態変化や動態パターンも抽出できるため、精度と感度の両面で従来法を上回ります。

 

しかし一方で、機械学習モデルの構築には大量のラベル付きデータが必要となり、アノテーション作業の負担が大きいこと、深層学習の判定根拠がブラックボックス化しやすいこと、顕微鏡の種類や撮影条件が変わるとモデルの精度が低下することなどの課題も存在します。

 

今後は、Explainable AI(説明可能な人工知能)によって判定根拠を可視化する技術の発展や、画像データと遺伝子発現、代謝情報などを統合するマルチモーダル解析の普及、さらにはリアルタイム画像解析による培養プロセスの自動制御や臨床現場での迅速診断支援への応用が進むと考えられます。

 

このように、細胞画像解析と機械学習は、細胞の状態や機能を高精度かつ非破壊的に把握し、その知見を研究や医療に還元するための不可欠な技術的基盤となりつつあります。

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