「貼る再生医療」間葉系幹細胞シートの治療効果を向上させることに成功
広島大学大学院医系科学研究科の長瀬健一教授は、東京女子医科大学先端生命医科学研究所の高橋宏信 講師、University of Utah, Department of Biomedical Engineering/ Department of Molecular Pharmaceutics のDavid W. Grainger教授と共に、治療効果のあるタンパク質を多量に分泌する間葉系幹細胞シートの作製に成功しました。
間葉系幹細胞という細胞を患部に移植する治療方法が、難治性疾患に対する治療として注目を集めており、特に間葉系幹細胞をシート状にしたものを移植することで、移植部位に効果的に治療効果の高いタンパク質を分泌し、治療を行う治療法が効果的な治療法として再生医療の分野で研究されています。
本研究では、幹細胞を配向化させた細胞シートを作製することで、治療効果の高いタンパク質を多く分泌させることに成功しました。
本研究成果はElsevierより出版されている「Materials Today Bio」に論文で発表されています。
間葉系幹細胞とは?
間葉系幹細胞(mesenchymal stem cells, MSCs)とは、骨髄、脂肪組織、臍帯(さいたい)、歯髄、羊水など多様な組織に存在する多能性を持つ成体幹細胞の一種であり、主に間葉系(結合組織)に由来する細胞種に分化する能力を有しています。
これらの分化先には、骨芽細胞(骨を形成する細胞)、軟骨細胞(軟骨を形成する細胞)、脂肪細胞(脂肪組織を形成する細胞)などが含まれます。
MSCsは、以下の3つの特徴を備えることで定義されます。第一に、接着性細胞として、標準的なプラスチック培養皿上で接着・増殖可能であること。
第二に、骨芽細胞、脂肪細胞、軟骨細胞への分化能を持つこと。
第三に、CD73、CD90、CD105といった表面抗原を発現し、同時にCD45、CD34、CD14またはCD11b、CD79aまたはCD19、HLA-DRといった造血系マーカーを発現しないことです(これは国際細胞治療学会(ISCT)による定義に基づいています)。
MSCsの大きな特徴は、その免疫調節能にあります。
炎症性サイトカインに応答して、さまざまな免疫抑制性分子(例:TGF-β、IL-10、PGE2、IDOなど)を分泌し、T細胞、B細胞、ナチュラルキラー(NK)細胞、樹状細胞、マクロファージなど、免疫細胞の機能を調節することが知られています。
このため、MSCsは自己免疫疾患、移植片対宿主病(GVHD)、炎症性疾患などに対する治療への応用が注目されています。
また、MSCsは損傷組織へのホーミング能(障害部位へ移動する能力)を有し、そこで局所の炎症環境を感知し、再生を促進するサイトカインや成長因子(VEGF、HGF、FGF、IGFなど)を分泌します。
これにより、直接的な組織再構築だけでなく、間接的に周囲の細胞の機能を活性化し、組織修復を促進します。
さらに、近年ではMSCsから分泌されるエクソソーム(細胞外小胞)にも注目が集まっており、これらがMSCの機能の多くを媒介していると考えられています。
エクソソームにはmRNA、miRNA、タンパク質などが含まれ、標的細胞に取り込まれることでその機能を変化させることができます。
ただし、MSCsは「真の幹細胞」としての自己複製能および多分化能を完全に備えているわけではなく、実際には前駆細胞的性質を持つとする見解もあります。
また、組織由来や培養条件によって性質が異なるため、標準化や品質管理は再生医療応用上の課題とされています。
総じて、間葉系幹細胞は、その再生促進作用と免疫調整機能により、再生医療・細胞治療の分野において非常に重要な細胞資源であり、多くの臨床研究・応用が進められています。
貼る再生医療とは?
「貼る再生医療」とは、シート状に加工した再生医療用細胞を患部に直接貼付することで、組織の修復や機能の回復を促す再生医療の手法の一つです。
従来の注入型の細胞移植とは異なり、細胞を三次元的に構築したシート状の形態で移植することにより、より高い治療効果や局所への定着性、持続的な生理活性の発現が期待されます。
この「貼る」形式を可能にしているのは、細胞シート工学と呼ばれる技術です。
細胞シートとは、温度応答性ポリマーなどの特殊な基材上で細胞を培養し、トリプシンなどの酵素を使わずに温度変化などの物理的手法で細胞層を剥がし、そのまま細胞間接着や細胞外マトリックスを保持した状態で移植可能としたものです。
この方法により、従来の酵素処理で失われやすい細胞接着分子やタンパク質が保持され、機能的かつ生理的な構造をもつ細胞層が維持されます。
貼る再生医療の利点として、以下のような点が挙げられます:
・高い定着性と機械的安定性:シート状の細胞を患部にそのまま貼ることで、細胞の流出を防ぎ、局所への確実な定着が可能になります。
・生理的構造と機能の維持:細胞外マトリックスや細胞間接着が保持されたままであるため、生体内に移植後も自然な構造を保ちやすく、迅速な機能発現が期待されます。
・サイトカインや成長因子の局所的供給:細胞シートが生体内で直接的に成長因子や抗炎症性物質を分泌することで、周囲の組織の再生や修復を促進します。
・非侵襲性かつ簡便な処置:外科的処置を最小限にしながら、貼付するだけで治療効果を発揮できるため、患者への負担を軽減できます。
この技術は、心臓疾患(虚血性心疾患など)、角膜上皮再建、食道狭窄、慢性腎疾患、歯周組織再生、皮膚潰瘍、整形外科領域など、多岐にわたる臨床応用が進められています。
例えば、心筋梗塞後の心機能を改善するために、心筋細胞や間葉系幹細胞で構成されたシートを心臓表面に貼ることで、直接的な心筋再生と血管新生が誘導されるといった治療が研究されています。
また、細胞の種類により、効果のメカニズムが異なる場合もあります。
たとえば、間葉系幹細胞シートは、分化能よりもむしろ免疫調整作用や抗炎症作用、サイトカインによる傍分泌(パラクライン)効果が主要な治療メカニズムとされます。
一方で、上皮細胞シートは、物理的に欠損部位を覆い、上皮バリアを再建する役割を果たします。
現在、「貼る再生医療」は細胞製品としての開発・製造、品質管理、保存・輸送、臨床評価といった複数の技術的・制度的課題を克服しつつあり、既に一部は保険収載され臨床での利用が始まっています。
日本はこの分野で世界的にも先進的な位置にあり、特に大阪大学や東京女子医科大学、広島大学などの研究グループによる開発が注目を集めています。
「貼る再生医療」は、細胞を“生きた医薬品”として直接患部に適用することで、高度な組織再生と治療効果を狙う次世代医療技術であり、今後の医療の革新に大きく貢献すると期待されています。
研究の狙い:シート化+配向化による高機能化
研究グループは、以下の革新的な手法を開発しました。
まず温度応答性パターン化培養皿を使用するという新しい手法を用いました。
この培養では、ストライプ(縞模様)付きの温度感受性基板により、幹細胞が縦一列に整列しやすい環境が形成されます。
そして配向化されたMSCシートの作製を開始します。
これは幹細胞が自然に並ぶことで、細胞構造が整然とし、形態や機能が向上することを期待するものです。
その結果、分泌タンパク質の増加が見られます。
配向化MSCは非配向MSCに比べて、TGFβ1などの治療有効性の高い分泌因子の分泌量を顕著に増加しま。
この手法により、「貼る再生医療」の効率性・実用性が大きく飛躍する可能性が本研究で示されました。
実験で確認されたことは以下のようになります。
・配向化MSCシートは非配向MSCに比べて、TGFβ1やVEGF、HGFなどの分泌量が有意に増加しました。
・これらの分泌分子は、組織修復、血管新生、炎症抑制、免疫調整に主に寄与します。
・分泌因子の種類や量が改善されたことで、治療効果のあるMSCシートの可能性が高まりました。
なお、他文献では、同様技術を使った真皮線維芽細胞(NHDF)や筋芽細胞においても、機能向上が報告されています。
応用例と期待される対象疾患
心筋シート治療の世界的研究において、幹細胞・細胞シートが左室リモデリングや機能改善に有効とされつつあります。
この配向MSC法により、さらに効果が高まる可能性があります。
肝硬変・肝障害においても、肝組織の再生には血管新生因子や免疫調節が重要であることがわかっており、VEGFやHGFが多く分泌される本技術は有望です。
自己免疫疾患・炎症性疾患においても大きな期待が寄せられています。
TGFβ1は免疫寛容や炎症制御をサポートします。関節リウマチやクローン病など、慢性炎症疾患への局所治療に有効性が期待されます。
しかしいくつかの課題も見つかっています。
本研究は単一ドナー由来MSCによる評価であり、分泌プロファイルや製法の再現性を確立するには、他ドナーによる検証が必要です。
また、配向化が促す「良性サイトカイン」増加に加え、治療には不適切な炎症促進性サイトカインの有無評価も重要です。
さらに実用化には、マルチドナー対応・スケーラブルな製造装置化が不可欠であり、製造工程(GMP)に対応した大規模な培養システムの開発が求められます。
現在これらの開発が各分野の技術を統合して行われており、再生医療の発展と同時に産業応用への展開も期待されています。


