大阪大学がミニ肝臓をiPS細胞から作製

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大阪大学がミニ肝臓をiPS細胞から作製

大阪大学大学院医学系研究科の武部貴則教授らの研究グループは、ヒトの人工多能性幹細胞(iPS細胞)から、肝臓の構造と機能を再現した「ミニ肝臓(肝オルガノイド)」を作製することに成功しました。このオルガノイドは、肝臓内の機能的な多層構造である「ゾネーション(Zonation)」を再現しており、世界初の成果として注目されています。

オルガノイドとは、幹細胞から作製される、体外で立体的に構築された「ミニ臓器」のことを指します。発生学的なプロセスを模倣しながら細胞が自己組織化して形成され、実際の臓器に類似した構造や機能の一部を備えています。代表的な幹細胞にはiPS細胞やES細胞などがあり、これらを特定の条件下で培養・誘導することで、肝臓、腸、脳、腎臓など、さまざまな臓器のオルガノイドを作ることが可能です。

オルガノイドは、従来の平面的な細胞培養とは異なり、三次元的な構造と多様な細胞種が共存することで、より実際の臓器に近い生理的反応を示すのが特徴です。これにより、創薬研究や毒性評価、疾患の発症メカニズムの解明、個別化医療(プレシジョン・メディシン)など、幅広い医学・生命科学分野での応用が期待されています。

また、再生医療の分野においては、オルガノイドを患者の体内に移植することで、機能不全の臓器を補助・代替する治療法の開発も進められています。したがってオルガノイドは、「細胞が自ら構造を作り、機能する」という生命本来の自己組織化能力を活用した、次世代のバイオ技術として注目されています。

肝臓の機能と重要性

肝臓は、ヒトの体内で最大の臓器の一つであり、体重のおよそ2〜3%を占める大きな実質臓器です。右上腹部、横隔膜のすぐ下に位置し、その内部は小葉と呼ばれる微細な構造単位で構成されています。

肝臓は非常に多機能な臓器であり、「沈黙の臓器」とも呼ばれるように自覚症状が出にくいにもかかわらず、生命維持に不可欠な役割を担っています。主な機能は、代謝、解毒、胆汁生成、栄養素の貯蔵、免疫機能など多岐にわたります。

まず肝臓は、血中のブドウ糖濃度(血糖値)を調節します。食後に余分なブドウ糖をグリコーゲンとして蓄積し、空腹時にはそれを分解して再びブドウ糖に戻し、エネルギー源として血中に供給します(グリコーゲン蓄積とグルコース産生)。

また、肝臓は脂肪酸の分解や合成、コレステロールの合成、リポタンパク質の合成など、脂質に関わる多くの化学反応を担います。これにより、細胞膜やホルモンの材料が供給されます。

さらに肝臓はアミノ酸の代謝に関与し、アルブミンや凝固因子など多くの血漿タンパク質を合成します。加えて、アミノ酸代謝により生じた有害なアンモニアを、無毒な尿素に変換して排出します(尿素回路)。

肝臓の重要な働きには、体外から摂取された物質や体内で生じた老廃物の「分解・無毒化」もあります。肝臓は「体内の解毒工場」とも呼ばれ、薬物、アルコール、有害物質などを処理する機能を持っています。薬物代謝では、シトクロムP450という酵素群が中心的な役割を果たし、脂溶性の薬物を水に溶けやすい形に変換して、尿や胆汁として排泄されやすくします。

アルコール(エタノール)も肝臓でアセトアルデヒドに分解され、さらに酢酸へと変換されて無害化されます。これらの代謝過程の異常は、アルコール性肝炎や肝硬変の原因となります。

胆汁の生成・分泌も肝臓の重要な役割です。胆汁は主に胆汁酸、コレステロール、ビリルビン、リン脂質、電解質などの成分から成ります。胆汁酸は脂肪を乳化して腸管内での脂肪の消化吸収を助け、ビリルビンは古くなった赤血球由来のヘモグロビンの代謝産物として、胆汁として排泄されることで体内から除去されます。胆汁は肝臓から胆管を通って十二指腸に分泌され、脂質の消化に不可欠です。

肝臓は、代謝の中継点であるだけでなく、さまざまな栄養素を貯蔵する重要な臓器でもあります。ビタミン類(A、D、E、K、B12など)や鉄分(フェリチンの形で)、銅などの微量元素を貯蔵し、必要なときに全身へ供給できる仕組みを持っています。

さらに肝臓にはクッパー細胞(Kupffer細胞)と呼ばれる特殊なマクロファージが存在し、血液中の異物や老廃細胞、細菌などを捕らえて分解します。これは、門脈血(消化管からの血液)を通じて体内に侵入する異物を防ぐ、防御機構の一部です。加えて、肝臓は炎症時に働く急性期反応タンパク質(CRPなど)を産生し、免疫応答にも寄与しています。

最後に肝臓は、インスリン、グルカゴン、甲状腺ホルモン、性ホルモンなど、さまざまなホルモンの分解・調整機能を持っています。ホルモンバランスを維持する上でも重要な役割を果たしています。

肝臓は高い再生能力を持つ臓器としても知られていますが、その機能が障害されると深刻な健康問題を引き起こします。急性肝障害では代謝・解毒機能が急速に失われ、黄疸、出血傾向、意識障害(肝性脳症)などを引き起こすことがあります。慢性肝疾患(B型・C型肝炎、脂肪肝、肝硬変など)では、長期的な肝細胞障害と線維化が進行し、最終的に肝不全や肝臓がんのリスクが高まります。

肝臓は「化学工場」「エネルギー供給基地」「解毒装置」「栄養倉庫」など、さまざまな顔を持ち、健康を保つ上で不可欠な臓器です。

iPS細胞から肝臓を作ることの重要性

iPS細胞から肝臓を作る研究は、医学および生命科学の分野において極めて重要な意味を持っています。第一に、この研究の重要性は肝疾患治療の革新にあります。肝硬変や急性肝不全などの重篤な肝疾患に対しては現在、肝移植が唯一の根本的治療法ですが、ドナー不足や拒絶反応、免疫抑制剤の副作用といった課題があります。iPS細胞由来の肝細胞や肝組織を用いれば、患者自身の細胞から新たな肝臓組織を作製し、免疫的適合性が高い治療法を提供できる可能性が生まれます。

将来的には、肝移植に代わる治療法として、iPS由来の「バイオ人工肝臓」の実用化が期待されています。

第二に、iPS細胞から作られた肝臓組織は、創薬や毒性試験の高精度モデルとしても重要です。従来の動物実験では、ヒトに対する正確な反応を予測することが難しく、多くの医薬品候補が臨床試験段階で失敗してきました。ヒトiPS細胞由来の肝オルガノイド(ミニ肝臓)を用いることで、よりヒトに近い環境で薬の効果や副作用を調べることが可能となり、医薬品開発の効率と安全性を高めることができます。

第三に、iPS細胞技術を活用すれば、患者ごとの遺伝情報を反映した病気モデルを作ることができ、遺伝性肝疾患や個別の病態に応じた精密医療(precision medicine)への応用も可能です。たとえば、ウィルソン病やα1-アンチトリプシン欠損症といった疾患では、患者由来iPS細胞から肝細胞を作り出すことで、病態のメカニズム解明や新たな治療薬の開発につながります。

また、倫理的観点においても、iPS細胞は受精卵を使用せずに多能性幹細胞を得る方法であるため、倫理的な制約が比較的少なく、国際的にも受け入れられやすい技術とされています。

さらに、肝臓は代謝、解毒、胆汁分泌、栄養素貯蔵など、多くの生命維持機能を担っています。そのため、肝臓の再生・補完技術の進展は、生命維持に直結する医療基盤の強化を意味します。特に、重度の肝障害により生命の危機に直面する患者に対して、一時的な肝機能を代替する「ブリッジ治療(移植までの橋渡し)」としての活用も現実味を帯びています。

このように、iPS細胞から肝臓を作る研究は、現代医療の限界を超える新しい治療体系の構築に寄与する可能性を秘めています。臨床応用に向けては、機能の成熟度、安全性、大量生産性といった課題も残されていますが、着実な技術革新によって、実用化に向けた研究が加速しています。

総じて、iPS細胞由来の肝臓再生技術は、医療の未来を切り拓く鍵となるものであり、患者にとって希望となる治療選択肢を提供する重要な研究分野といえるでしょう。

本研究の重要性

今回の研究成果を発表した研究チームは、iPS細胞を培養する際に、赤血球の分解産物である「ビリルビン」と、ビタミンC(アスコルビン酸)を加えることで、肝臓のゾネーションを再現することに成功しました。

ビリルビンは細胞外から、ビタミンCは細胞内から作用し、それぞれ異なる肝細胞の前駆細胞を誘導します。これらの細胞が融合して自己組織化することで、肝臓内のゾーン1〜3に相当する多層構造が形成されました。このオルガノイドは直径約0.5ミリメートルで、人間の新生児程度の肝機能を持つとされています。

作製された肝オルガノイドを重度の肝不全を持つラットに移植したところ、血中のアンモニアやビリルビン濃度が改善し、生存率も有意に向上しました。具体的には、オルガノイドを移植したラットの30日後の生存率は50%を超えたのに対し、移植しなかったラットは30%以下でした。

今回の成果は、体外で血中の代謝異常を浄化する透析のような「バイオ人工肝臓」装置への応用が期待されています。

武部教授は、「オルガノイドを用いた治療がかなり現実味を帯びてきた」と述べており、2026年2月時点では、今後2〜3年(2028〜2029年頃)を目安に、体外から肝機能を補助する人工肝臓としての臨床試験(治験)に入ることを目指しています。

今後の課題としては、オルガノイドの大量生産や長期的な機能維持、免疫拒絶反応の回避などが挙げられます。また、患者ごとのiPS細胞からオルガノイドを作製することで、個別化医療への応用も期待されています。さらに、肝疾患のメカニズム解明や新薬開発、再生医療への応用など、多方面での活用が見込まれています。

今回の大阪大学の研究チームによる、iPS細胞からゾネーションを持つ肝オルガノイドの作製は、肝疾患の治療や創薬、再生医療における大きな前進となりました。今後の臨床応用に向けた研究の進展が期待されます。

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