iPS細胞で慢性腎臓病治療=マウスで効果、数年内の治験目指す

・iPS細胞で慢性腎臓病治療=マウスで効果、数年内の治験目指す—京大など

京都大学iPS細胞研究所(CiRA)の長船健二教授らの研究チームは、ヒトiPS細胞から作製した腎前駆細胞(nephron progenitor cells, NPCs)を用いて、慢性腎臓病(CKD)および急性腎障害(AKI)のマウスモデルにおいて腎機能の改善効果を確認しました。この研究成果は、2025年4月に米国の学術誌『Science Translational Medicine』に掲載されました。

 

この研究は、iPS細胞由来の腎前駆細胞を用いて慢性腎臓病の新たな治療法の可能性を示したという画期的なものです。

 

目次

慢性腎臓病とは?

慢性腎臓病とは、腎臓の働きが長期間にわたって徐々に低下していく病気です。

腎臓は血液をろ過して老廃物や余分な水分を尿として排出する重要な臓器ですが、慢性腎臓病ではこの機能が次第に損なわれていきます。

 

特に初期の段階では自覚症状がほとんどないため、気づかないうちに進行することが多く、重症化すると腎不全に至り、人工透析や腎移植が必要になることもあります。

 

慢性腎臓病は、3か月以上にわたって腎臓に何らかの障害がある、または腎機能が低下している状態と定義されます。

原因としては、糖尿病や高血圧といった生活習慣病が多くを占めており、これらの病気によって腎臓の血管や組織が障害されることで、慢性腎臓病が発症・進行します。

また、慢性糸球体腎炎や多発性嚢胞腎などの腎臓そのものの疾患も原因となります。

 

慢性腎臓病が進行すると、体内に老廃物がたまりやすくなり、倦怠感やむくみ、貧血、高血圧などの症状が現れます。

さらに、慢性腎臓病は心筋梗塞や脳卒中などの心血管疾患の発症リスクも高めることが知られています。そのため、腎臓だけでなく全身の健康にも深く関わる疾患といえます。

 

治療や管理においては、原因となる病気の適切な治療に加え、塩分やタンパク質の摂取制限、血圧や血糖の管理、薬物療法などが行われます。

 

早期に発見し、進行を防ぐことが非常に重要であり、定期的な健康診断や尿検査、血液検査による腎機能のチェックが勧められています。

 

現在行われている慢性腎臓病の治療

慢性腎臓病の治療は、病気の進行を抑え、合併症を予防し、腎機能をできるだけ長く保つことを目的として行われます。

 

治療の基本は、慢性腎臓病の原因となる疾患の管理と、腎臓にかかる負担を軽減することです。

治療内容は病期や患者の状態に応じて異なりますが、以下のような方法が組み合わされて行われます。

 

まず重要なのは、原疾患の治療です。慢性腎臓病の主な原因である糖尿病や高血圧がある場合、それらを適切にコントロールすることで、腎機能の悪化を防ぐことができます。糖尿病に対しては血糖コントロール、高血圧に対しては降圧療法が行われ、特に腎保護作用のある薬剤(RAA系薬:ACE阻害薬やARBなど)が推奨されます。

 

次に、食事療法も治療の大きな柱です。

腎臓に負担をかけないよう、塩分やタンパク質の摂取量を調整する必要があります。

塩分を制限することで血圧の安定が期待でき、タンパク質制限によって老廃物の産生を減らすことができます。

 

また、カリウムやリンの管理も重要で、特に進行期の慢性腎臓病ではこれらの電解質異常が起こりやすくなるため、専門的な栄養指導が必要となることもあります。

 

さらに、慢性腎臓病に伴いやすい合併症の管理も欠かせません。たとえば、腎性貧血にはエリスロポエチン製剤や鉄剤が用いられ、骨ミネラル代謝異常に対してはリン吸着薬やビタミンD製剤などが使われます。

 

心血管疾患のリスクも高いため、脂質異常症に対する治療や喫煙の中止、運動療法など、生活習慣全般の見直しも指導されます。

 

慢性腎臓病が進行して末期腎不全に至ると、腎代替療法として透析療法(血液透析または腹膜透析)や腎移植が選択されます。これらの治療は腎臓の機能を代行するものであり、患者の生活の質(QOL)や社会復帰の希望に応じて方法が検討されます。

 

このように、慢性腎臓病の治療は多面的で、医師・栄養士・薬剤師・看護師など多職種が連携して行うことが重要です。また、患者自身が病気について理解し、自己管理に積極的に取り組むことも、治療の成功に大きく関わってきます。

 

腎前駆細胞の大量培養法の開発

iPS細胞を用いた腎前駆細胞の大量培養法の開発は、再生医療や腎疾患研究における重要な進展のひとつです。

 

腎前駆細胞は腎臓の発生初期に現れる細胞で、将来的に糸球体や尿細管などの腎構造を構成する細胞へと分化していきます。

この細胞を安定的かつ大量に得る技術は、腎臓再生や創薬、疾患モデルの構築に大きく貢献する可能性があります。

 

iPS細胞は、体細胞に特定の遺伝子を導入することで、胚性幹細胞と類似した多能性を持たせた細胞です。

これを特定の分化誘導条件下におくことで、腎臓の前駆細胞に分化させることができます。

 

従来、この分化誘導は再現性に乏しく、効率も低かったため、大量の腎前駆細胞を得るには課題が多くありました。

 

近年の研究では、腎臓発生に関与するシグナル伝達経路(Wnt、BMP、FGFなど)を模倣するような培養条件が詳細に検討され、段階的な分化誘導プロトコルが開発されています。

 

たとえば、iPS細胞をまず中胚葉へと誘導し、その後、後中胚葉を経て、腎臓の発生に関与する中間中胚葉へと導くステップを踏む方法が一般的です。

その後、適切な成長因子や低分子化合物を添加することで、ネフロン前駆細胞(nephron progenitor cells)やメタネフロス様構造の形成が促されます。

 

大量培養のためには、従来の2次元培養に加えて、三次元培養(オルガノイド形成)やバイオリアクターを用いたスケールアップ技術も開発されています。

これにより、均一で機能的な腎前駆細胞を、臨床応用や薬剤スクリーニングに適したスケールで得ることが可能となってきました。

 

さらに、これらの技術は、患者由来iPS細胞を用いることで、特定の遺伝性腎疾患の病態を再現するモデルの構築にも応用されています。

たとえば、腎性シスチン症やポドサイト病変などの機能解析に利用され、創薬候補の評価にも役立っています。

 

このように、iPS細胞からの腎前駆細胞の大量培養法の開発は、再生医療だけでなく、腎疾患の理解や治療法の確立にもつながる、非常に注目されている研究分野です。

今後は、より高効率で安定した分化誘導、臨床応用に向けた安全性の確保、大規模製造への応用などが課題となっています。

 

そして本研究では、3種類の化合物(CHIR99021、FGF9、Y27632)を含む培養液(CFY培地)を用いることで、腎前駆細胞を従来の100倍以上効率的に増殖させることに成功しました。

この方法は、臨床応用に必要な大量の細胞を安定的に供給できる画期的な方法です。

 

マウスモデルへの移植と効果の検証

研究グループは、薬剤(シスプラチン)によって腎障害を誘導したマウスモデルに、ヒトiPS細胞由来の腎前駆細胞を腎被膜下に移植しました。

その結果、腎機能の低下の抑制、間質線維化の進行の抑制、細胞老化の抑制が見られました。

 

これらの効果は、移植された腎前駆細胞が血管内皮増殖因子(VEGF-A)などのサイトカインを分泌し、腎障害を緩和することによると考えられています。

 

さらに研究チームは、腎前駆細胞を効率的に純化するための新たな細胞表面マーカーを同定しました。

このマーカーを用いることで、移植に適した細胞を選別し、治療効果を高めることが可能となります。

 

この研究のまとめと今後の展望

この研究は、iPS細胞技術を用いた腎疾患の再生医療において、実用化に向けた重要な一歩となる成果であり、今後の臨床試験の進展が期待されます。

 

研究チームは、研究成果が公表された時点から約2年後を目途に、腎移植後に慢性腎臓病を発症した患者を対象とした臨床試験(治験)を開始する予定です。

さらにその後、段階的に、腎移植を受けていない患者への治験も計画されています。

 

これらの治験が成功すれば、iPS細胞由来の腎前駆細胞を用いた再生医療が、慢性腎臓病の新たな治療法として実用化される可能性があります。

 

この研究を簡単にまとめてみましょう。

 

まず目的は、iPS細胞から腎前駆細胞を作製し、それをマウスに移植して慢性腎臓病の治療に使えるかを検証することでした。

 

方法は、ヒトiPS細胞から、腎前駆細胞を分化誘導しましたが、ここで大量培養法につながる知見が得られています。

 

そして慢性腎臓病モデルのマウスに対して、これらの腎前駆細胞を移植し、腎機能の指標(例:血中のクレアチニンやBUN濃度)を測定しました。

さらに組織レベルで腎臓の構造や炎症、線維化なども解析しています。

 

この解析の結果、腎機能の低下が有意に抑制、移植した腎前駆細胞は、腎組織に定着し、炎症や線維化の進行を抑制、そして腎臓の再生というよりは、腎臓のダメージ進行を緩和する効果が確認されました。

 

今後は 臨床試験(治験)を目指すことになります。

マウスでの安全性と有効性が確認されたため、次のステップはヒトでの治験となり、安全性試験(非臨床試験):サルなど大型動物での評価、第I相臨床試験として少数の患者を対象に安全性を確認、最後に第II相、第III相臨床試験を行い、効果と副作用を本格的に検証するという流れになります。

 

この研究の意義は腎疾患に対する細胞治療の実現に向けた大きな一歩であることです。

iPS細胞由来の治療は、拒絶反応の回避や個別化医療の実現にもつながります。

そして今後、他の臓器や疾患への応用も期待される。

 

一方で課題も存在します。

まずはヒトで長期的な効果と安全性の検証(発がん性や免疫反応など)を行う必要があります。

そして現時点では、腎臓は構造が非常に複雑で、完全な機能再生にはまだ距離があると考えられます。

さらに培養・分化工程の標準化と大量生産体制の確立が必要です。

 

課題はいくつかあるとはいえ、慢性腎臓病の治療の進歩に大きく貢献する研究成果であり、今後できるだけ早く臨床試験に入ることが望まれています

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