細胞間のmRNA移動が多能性幹細胞の運命をリプログラムすることを発見
東京科学大学総合研究院ヒト生物学研究ユニットの武部貴則教授と大阪大学 大学院医学系研究科の米山鷹介講師らの研究チームは、iPS細胞、ES細胞を用いた実験で、細胞間でmRNA(メッセンジャーRNA)が移動し、受け取った細胞の運命を変化させる現象を発見しました。
研究では、マウスES細胞とヒトiPS細胞を共培養し、マウスES細胞からヒトiPS細胞へのmRNA転送が起こることを確認しました。このmRNA転送により、ヒトiPS細胞は未分化性を維持し、リプログラミングが促進されることが示されました。
この成果は、細胞間コミュニケーションの新たな仕組みを解明し、外来遺伝子の導入に依存しない細胞運命の制御技術の開発に寄与することが期待されます。
この研究は東京科学大学を中心に行われましたが、「東京科学大学」はそれほど名前が一般に認知されていません。
東京科学大学(Institute of Science Tokyo, 略称: 東科大・科学大)は、2024年10月1日に東京工業大学(東工大)と東京医科歯科大学(医科歯科大)が統合して誕生した国立大学です。
両大学の特色を生かし、科学技術と医療・生命科学の融合を目指す新たな大学として設立されました。
本部所在地は東京都目黒区大岡山で、大岡山キャンパス(東京都目黒区)、すずかけ台キャンパス(神奈川県横浜市)、田町キャンパス(東京都港区)、湯島キャンパス・駿河台キャンパス(東京都文京区/千代田区)、国府台キャンパス(千葉県市川市)を擁する大規模な大学です。
東京科学大学は「科学と医療を統合し、社会の持続可能な発展に貢献する」ことを使命としています。
また、「科学の進歩と人々の幸福を探求し、社会とともに新たな価値を創造する」というビジョンを掲げています。
理工学と医療・生命科学の融合による科学技術と医学・医療を統合した教育・研究環境を提供し、実践的な研究と社会貢献を目指しています。
iPS細胞に代表される再生医療の研究においては、東京医科歯科大学のノウハウと、生命工学系も強い東京工業大学が合併することによってさらなる研究開発が加速すると期待されています。
東工大の「理工系技術」と、医科歯科大の「医療・生命科学」を統合することで、世界的な研究機関としての地位を確立しこれからの科学技術と医療の発展に貢献する重要な大学となることが期待されています。
メッセンジャーRNAとiPS細胞の関係
mRNA(メッセンジャーRNA)は、DNAに保存されている遺伝情報を転写し、細胞内のリボソームに運ぶ役割を持つ分子です。
リボソームでは、mRNAの塩基配列に基づいてタンパク質が合成されます。
このプロセスは「遺伝子発現」の中心的なステップであり、細胞の機能や運命を決定する重要な要素です。
mRNAの特徴として、まず一過性という性質が挙げられます。
mRNAは一時的に存在し、翻訳後に分解されるため、長期間に渡って細胞内に残ることはありません。
さらに環境や細胞の状態に応じて合成量が変化するという可変性を持ち、mRNAが細胞内で移動し、特定のタンパク質の合成を指示するという運搬性も持ちます。
最近の研究では、mRNAが単なる遺伝情報の伝達媒体にとどまらず、細胞間を移動して他の細胞の機能に影響を与えることが示唆されています。
ここが今回の研究のポイントとなります。
iPS細胞は、山中伸弥教授らによって2006年に開発された細胞で、体細胞に特定の遺伝子を導入することで、胚性幹細胞(ES細胞)に似た多能性を持つ状態へと初期化(リプログラム)されたものです。
mRNAは、iPS細胞の生成や分化において重要な役割を果たします。
まずリプログラミングの促進においては、iPS細胞の作製には、通常「山中因子」と呼ばれる4つの遺伝子(Oct3/4、Sox2、Klf4、c-Myc)を導入する必要があります。
ここでmRNAを用いた方法では、これらの遺伝子のmRNAを直接細胞に導入することで、一過的に発現させることが可能です。
この方法は、ウイルスを用いた遺伝子導入と比べて、ゲノムの改変を伴わず、安全性が高いとされています。
iPS細胞における分化の制御では、 iPS細胞が特定の細胞(神経細胞、心筋細胞など)に分化する際に、mRNAの発現パターンが変化する事が知られています。
研究によっては、mRNAを細胞に供給することで、分化の方向性を制御する技術が開発されています。
そして今回の研究との関連ですが、細胞間mRNA移動の発見、これは、これまでmRNAは主に細胞内で機能すると考えられていたが、今回の武部貴則教授らの研究では「mRNAが細胞間を移動し、受け取った細胞の運命を変える」ことが示されたというものです。
もしmRNAを用いてiPS細胞の性質を制御できるのであれば、より効率的で安全な再生医療の技術開発につながる可能性があります。
このように、mRNAはiPS細胞の作製や分化において重要な役割を果たしており、再生医療や細胞治療の分野での応用が期待されています。
研究の詳細
細胞間のコミュニケーションは、これまで主にタンパク質や小分子を介して行われると考えられてきました。
しかし、近年の研究で、細胞間でmRNAが移動する可能性が示唆されていましたが、その具体的なメカニズムや生理的意義は十分に解明されていませんでした。
この研究では、マウスの胚性幹細胞、つまりES細胞とヒトの人工多能性幹細胞、iPS細胞を共培養する系を用いて、mRNAの細胞間移動とその影響を解析しました。
その結果、複数のマウス由来mRNAがヒトiPS細胞内で検出され、これらのmRNAが細胞間を移動していることが確認されました。
次に、移動したmRNAがヒトiPS細胞内で翻訳され、機能的なタンパク質を産生するかを検証しました。
この解析では、未分化性維持に関与する転写因子をコードするmRNAが移動し、受け取ったヒトiPS細胞内で翻訳されることで、未分化状態の維持が促進されることが示されました。
さらに研究グループは、マウスES細胞からのmRNA移動が、ヒトiPS細胞の遺伝子発現プロファイルやエピジェネティックな状態にどのような影響を与えるかを解析しました。
この解析で、共培養により、ヒトiPS細胞の未分化マーカー遺伝子の発現が上昇し、クロマチンのオープン状態が変化することが確認され、mRNA移動によるリプログラミング効果が示唆されました。
この研究は、革新性を持つ技術的アプローチをいくつか試しています。
まず共培養系の構築では、マウスES細胞とヒトiPS細胞を直接接触させる共培養系を確立し、細胞間の物質移動を解析しました。
次にRNAシーケンシングにおいては、共培養後のヒトiPS細胞からRNAを抽出し、次世代シーケンシング技術を用いて、マウス由来のmRNAの存在を検出しました。
機能阻害実験においては、特定のmRNAの移動を阻害するために、RNA干渉(RNAi)技術を用いて、マウスES細胞内の標的mRNAをノックダウンし、その影響を評価しました。
本研究は、mRNAが細胞間を移動し、受け取った細胞の運命を制御する新たな細胞間コミュニケーションのメカニズムを明らかにしました。
この研究は、再生医療への応用を視野に入れたものであり、mRNAの細胞間移動を利用することで、外来遺伝子の導入を必要としない新しいリプログラミング技術の開発が期待されます。
これにより、より安全で効率的な細胞治療が可能となるでしょう。
そして細胞間のmRNA移動が、発生や疾患の進行においてどのような役割を果たしているかを解明することで、新たな治療標的の発見や病態理解の深化が期待されます。
今後は、mRNAの細胞間移動の詳細なメカニズムや、他の細胞種間での普遍性、さらには生体内での意義を明らかにすることが重要です。これにより、再生医療や疾患治療における新しいアプローチの開発が進むことが期待されます。


