住友化学と住友ファーマ、再生・細胞医薬で合弁

目次

 iPS細胞を活用した製品開発

iPS細胞は日本の研究機関で作られた細胞であり、その流れでiPS細胞を使って製品開発を行っている企業は多く、そのうちのいくつかは実用化が近いとされています。

 

日本の大手企業の中で、iPS細胞を活用した製品開発に取り組んでいる企業のうち、規模が大きな企業は以下の通りです。

 

・武田薬品工業株式会社

京都大学iPS細胞研究所(CiRA)と共同で、iPS細胞技術の臨床応用を目指す10年間の共同研究プログラム「T-CiRA」を進めています。

このプログラムの成果を基に、iPS細胞由来の再生医療等製品の研究開発を行うバイオベンチャー「オリヅルセラピューティクス株式会社」を設立しました。

 

・アステラス製薬株式会社

再生医療の臨床研究チームを立ち上げ、iPS細胞を活用した製品開発に取り組んでいます。

 

・エーザイ株式会社

iPS細胞を新薬のスクリーニングなど創薬に活用しています。

 

・住友ファーマ株式会社

iPS細胞由来の再生・細胞医薬品の開発を推進しており、パーキンソン病や網膜色素変性症などの治療法の開発を進めています。

 

これらの企業は、iPS細胞技術を活用した新しい治療法や製品の開発を通じて、医療の進展に貢献しています。

 

この中の住友ファーマは、親会社の住友化学と再生・細胞医薬分野で合弁会社「RACTHERA(ラクセラ)」を設立しました。

事業は2025年2月1日に開始されており、、世界市場で伸びが見込まれる同分野の研究開発を強化するため、住友化学と住友ファーマの持つ知見を合わせてシナジー(相乗効果)の拡大を図ります。

 

住友化学、住友ファーマと生命科学

住友化学は、生命科学分野において多岐にわたる研究開発を行っています。

同社のバイオサイエンス研究所では、バイオインフォマティクス技術を活用し、病気の発症メカニズムや診断方法、医薬品や農薬の作用機序の解明などに取り組んでいます。

 

また、生物環境科学研究所では、化学物質が人間の健康や環境に与える影響を評価しています。

さらに、ES細胞やiPS細胞を用いた基礎・応用研究、オミックス解析を駆使した安全性研究にも力を入れています。

 

住友化学は、合成生物学の分野でも積極的に活動しています。アメリカのバイオベンチャー企業であるコナジェン社に出資し、同社との戦略的業務提携を通じて、合成生物学を活用した高機能製品や革新的プロセスの開発を目指しています。

 

さらに、アイルランドのNuritas社と提携し、人工知能とDNA分析を用いて植物由来の生物活性ペプチドの予測・解明・検証を行い、持続可能な食糧生産システムの支援に取り組んでいます。

 

これらの取り組みを通じて、住友化学は生命科学分野での研究開発を推進し、医療や環境負荷低減、食糧問題など、社会が直面する課題の解決に貢献しています。

 

住友化学は、生命科学分野において以下の子会社を通じて事業を展開しています。

今回、合弁会社RACTHERAをともに設立する住友ファーマです。

 

住友ファーマ株式会社(Sumitomo Pharma Co., Ltd.)は医薬品の研究・開発・製造・販売を行う主要な住友化学の子会社です。

特に再生・細胞医薬事業に注力しており、住友化学と共同で新会社の設立を計画しています。

 

他の子会社としては、ベーラント・バイオサイエンス社(Valent BioSciences LLC)があります。

アメリカに拠点を置く子会社で、合成生物学を活用した次世代事業の創出を目指しています。

同社内に新組織「シンバイオハブ」を設立し、合成生物学分野の技術構築を進めています。

 

さて、住友ファーマ株式会社ですが、主な事業の柱として再生医療および細胞医薬の分野で積極的な研究開発を行っています。

特に、iPS細胞を活用した治療法の開発に注力しており、神経疾患や眼疾患などの難治性疾患に対する革新的な治療法の実用化を目指しています。

 

同社は、2014年に神戸ポートアイランドに「再生・細胞医薬神戸センター」を開設し、iPS細胞を原材料とした再生医療等製品の開発研究および製造検討を進めてきました。

また、2018年3月には、iPS細胞を用いた細胞医薬品の専用製造プラント「SMaRT」を竣工し、高品質・同質・大量生産を目指した設備を導入しています。

 

そして今回、2024年11月に発表されたのが、住友化学と共同で再生・細胞医薬事業の合弁会社「株式会社RACTHERA」の設立です。

この新会社は、再生医療等製品や細胞医薬関連製品の研究、開発、製造、販売および輸出入を行い、2030年代後半に最大で約3,500億円の事業規模を目指しています。

 

独自路線で発展してきた住友ファーマの生命科学事業

住友ファーマは住友化学から独立した方向で、理化学研究所、慶應義塾大学、京都大学iPS細胞研究所などの研究機関とも連携し、パーキンソン病や脊髄損傷などの難病の克服に向け、iPS細胞を用いた新たな治療法の開発に取り組んでいます。

その中で再生医療および細胞医薬の分野で積極的な研究開発を行い、以下の製品および開発プログラムを進めています。

 

・リサイミック(Rethymic):2022年3月、アメリカにおいて小児先天性無胸腺症を対象とした他家培養胸腺組織「リサイミック」の販売を開始しました。

リサイミックは、住友ファーマ株式会社の連結子会社であるエンジバント・セラピューティクス社が開発した、他家培養胸腺組織を用いた再生医療製品です。

この製品は、小児先天性無胸腺症の免疫再構築を適応症としており、2021年10月にアメリカ食品医薬品局(FDA)から承認を取得し、2022年3月からアメリカで販売が開始されました。

 

小児先天性無胸腺症は、胸腺が欠損しているために深刻な免疫不全を引き起こす極めて稀な疾患で、アメリカでは毎年約17~24人の新生児がこの疾患と診断されています。

リサイミックは、提供者から採取したヒト胸腺組織を培養・加工し、患者に移植することで胸腺機能を再生し、免疫系の再構築を促します。

この治療は生涯に一度だけ行われ、提供者と被移植者のマッチングを必要としません。

 

リサイミックは、25年以上にわたる研究と10件の臨床試験を経て開発され、FDAから再生医療先端治療指定(RMAT)、ブレイクスルーセラピー指定、希少小児疾患治療薬指定、希少疾患治療薬指定など、複数の指定を受けています。

また、欧州医薬品庁(EMA)からも希少疾患治療薬指定および先端医療医薬品指定(ATMP)を受けています。

 

現在、住友ファーマは、アメリカノースカロライナ州に細胞製品製造施設(CPC)を建設し、リサイミックの製造を行うとともに、将来的には他家iPS細胞由来の細胞製品の製造にも対応できるよう拡張を計画しています。

 

そして iPS細胞由来製品の開発においては、パーキンソン病を対象としたiPS細胞由来製品の開発を日米で進めており、2023年6月には日本で網膜色素上皮裂孔、2024年11月にはアメリカで網膜色素変性を対象としたiPS細胞由来製品の治験を開始するなど、複数のプログラムが進行中です。

 

またパーキンソン病治療を目標として、iPS細胞由来ドパミン神経前駆細胞を用いた治療法の開発を進めています。

アメリカでは、2024年2月にアメリカ食品医薬品局(FDA)に対してIND申請を行い、FDAの調査完了後、企業治験を開始する準備が整いました。

 

網膜色素上皮裂孔治療も住友ファーマが関わっています。

他家iPS細胞由来網膜色素上皮細胞を用いた治療法を、株式会社ヘリオスと共同で開発しています。

2024年8月には、第1/2相臨床試験において、九州大学病院で最初の被験者への移植が実施されました。

 

網膜関連では、網膜色素変性治療にも関わっており、他家iPS細胞由来網膜シートを用いた治療法の開発を進めており、2024年10月にFDAにIND申請を行っています。

 

RACTHERAが目指すもの

RACTHERAは、再生・細胞医薬事業の研究開発を主な目的としています。

代表取締役社長は、住友ファーマ 再生・細胞医薬神戸センター長である池田篤史氏が務めており、

株主構成は2025年2月1日以降に住友化学 66.6%、住友ファーマ 33.4%となっています。

事業内容は再生医療等製品、特定細胞加工物および再生・細胞医薬関連製品の研究、開発、製造、販売および輸出入としており、RACTHERAは、住友化学グループにおける再生・細胞医薬事業の研究開発の中核を担う予定であり、住友化学、住友ファーマ、そしてCDMO(医薬品の受託開発・製造)合弁会社であるS-RACMOと連携し、事業の成長を加速させることを目指しています。

 

CDMOはContract Development and Manufacturing Organizationの略です。

日本語の意味では、「医薬品の受託開発・製造機関」を指します。

つまり、製薬企業からの依頼を受けて、医薬品や再生医療等製品の開発、製造、品質管理などを請け負う企業のことです。

 

具体的な業務は、医薬品の開発支援(原薬の設計、製剤開発、分析など)、臨床試験用製品の製造、商用製造(GMPに準拠した大規模生産)、規制対応(各国の承認・認可プロセスの支援)です。

 

S-RACMOは住友ファーマのパイプライン製品の商用化を支援します。
CDMOを活用することで、製薬企業は自社の研究開発に集中しながら、製造コストの削減や開発期間の短縮を実現できます。

再生医療分野でも、CDMOの役割はますます重要になっています。

 

RACTHERAは住友ファーマと同様にS-RACMOの支援を受け、iPS細胞由来の再生・細胞医薬品の開発を推進し、2030年代後半には最大で約3,500億円の事業規模を目指しています。

RACTHERAの設立により、住友化学グループ全体の技術とリソースを結集し、再生・細胞医薬分野での新しい治療法の提供を加速させることが期待されています。

目次