筋肉の形成を始める幹細胞のスイッチ分子を解明

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筋肉の形成を始める幹細胞のスイッチ分子を解明

筑波大学医学医学医療系 トランスボーダー医学研究センター再生医学分野の藤田諒助教と、トランスボーダー医学研究センター遺伝子改変マウス分野の高橋智教授の研究チームは、骨格筋幹細胞が眠りから目覚めて増殖するメカニズムや、増殖した骨格筋幹細胞が筋肉の形成 (分化) 段階へとスイッチする因子の解明に取り組んでいます。

 

今回、国際科学誌「Stem Cell」に研究チームは研究成果を論文として発表しました。この研究では、骨格筋幹細胞の活性化状態を追いかけることができるマウスを使い、幹細胞分化の休止期、増殖期、分化期それぞれの状態にある骨格筋幹細胞の遺伝子発現を網羅的に解析しています。

 

この研究では、DUSP13 とDUSP27という二つの酵素が、増殖期の骨格筋幹細胞を分化期へと進めるためのスイッチ分子であることを示唆する結果を得ました。

さらに研究を進めた結果、これら二つの酵素は筋分化制御因子 MYOD によって直接制御されており、二つの酵素の遺伝子を欠損したマウスは筋分化スイッチがうまく働かず、筋再生が遅延することを発見しました。

 

この研究成果は、加齢に伴う筋力・筋量減弱症(サルコペニア)などの治療に向けた創薬につながることが期待されます。

 

高齢者の健康問題としての筋肉

高齢者と筋肉の関係は、加齢に伴う筋肉量の減少(サルコペニア)や筋力の低下、運動機能の衰えなどが重要です。

加齢による筋肉の変化は、日常生活の質や健康に大きな影響を与えるため、理解と対策が求められています。

 

サルコペニアは、加齢による筋肉量と筋力の低下を指し、特に60歳を超えた頃から進行します。これには以下のような要因が関与します:

 

まず筋肉の再生能力の低下です。

サテライト細胞の機能低下により、筋肉の修復や新しい筋繊維の生成が困難になります。

次にホルモンの減少が筋肉量の低下に関与します。

成長ホルモンやテストステロンの分泌の減少によって筋肉量が減少します。

そして加齢に伴って低レベルの慢性炎症(炎症性サイトカインの増加)が筋肉に影響します。

慢性的な炎症性サイトカインの増加は、筋肉の分解を促進し、かつ筋肉の再生、成長を妨げます。

 

これらによる筋肉量と筋力の低下は、高齢者の日常生活や健康に深刻な影響を与えます。

まず筋力が低下すると、バランスを保つことが難しくなり、転倒や骨折のリスクが高まります。

骨折は特に高齢者にとって深刻で、長期的な健康状態に悪影響を及ぼし、場合によっては骨折がきっかけでねたきりの状態になる高齢者も少なくありません。

 

そして筋肉が減少すると、立つ、座る、歩く、階段を昇るといった基本的な動作が難しくなり、独立した生活が困難になることがあります。

 

さらに筋肉は代謝において重要な役割を果たすため、筋肉量が減少すると基礎代謝が低下し、肥満や糖尿病などの生活習慣病のリスクが増加します。

 

高齢者が筋肉量を維持し、健康な生活を送るためには、筋力トレーニング、レジスタンス運動、ウォーキングやサイクリングなどの有酸素運動が重要です。

 

そして食生活による栄養摂取の変化も筋肉の減少に影響します。

その中でタンパク質は筋肉の成長と修復に必要不可欠であり、高齢者は、筋肉量の維持に十分なタンパク質を摂取することが重要です。

タンパク質だけでなく、ビタミンDとカルシウムも重要です。

これらは骨の健康に関わりますが、間接的に筋肉の強化にも役立ちます。

ビタミンDの欠乏は、筋力低下や転倒リスクの増加と関連があります。

 

また、ホルモン療法や薬物治療を用いて筋肉量の維持を行う場合もあります。

筋肉の維持を目的としたホルモン療法はテストステロン補充療法がよく知られていますが、副作用のリスクも伴うため、慎重な判断が必要です。

 

幹細胞から筋肉細胞への分化

幹細胞から筋肉の形成(筋分化)のメカニズムは、複数の段階を経て進行します。

これは「筋芽細胞」や「筋管細胞」など、いくつかの細胞系譜をたどる過程です。

 

筋肉幹細胞がこれらの細胞の大元となります。

幹細胞には多能性や自己複製能力があり、様々な種類の細胞に分化することができます。

筋肉の形成に関与するのは、特に「筋原性幹細胞」(サテライト細胞や筋芽細胞)と呼ばれる筋肉前駆細胞です。

 

筋肉の前駆細胞は、成長因子(例:FGF:Fibroblast Growth Factor, HGF:Hepatocyte Growth Factor)や遺伝子発現の変化により、筋原性幹細胞へと分化する運命が決まります。

この過程で、MyoD(myoblast determination protein 1)やMyoG(myogeni)といった転写因子が重要な役割を果たします。

これらの因子は筋肉細胞への分化を促進し、非筋肉細胞の運命を抑制します。

 

筋原性幹細胞が運命を決定した後、筋芽細胞(myoblast)として増殖します。

この段階で、細胞はまだ単核のままですが、筋分化因子(MyoD, Myf5, Myogenin, MRF4など)の発現が始まります。

これにより、細胞は徐々に筋肉細胞へと変化する準備を整えます。

 

筋芽細胞が十分に増殖すると、筋肉の形成が始まります。複数の筋芽細胞が融合し、多核の筋管(myotube)を形成します。

この過程は「筋融合(myogenesis)」と呼ばれ、筋管は徐々に成熟して筋繊維へと成長していきます。

この段階で、アクチンやミオシンなど、筋肉特有のタンパク質が生成されます。

 

筋管が形成されると、筋線維へと成熟します。

この段階では、筋肉の収縮に関与する筋節(サルコメア)が形成され、アクチンとミオシンのフィラメントが規則正しく並ぶようになります。

これにより、筋線維は実際に機能する筋肉としての役割を果たすようになります。

 

筋肉は損傷を受けると修復や再生が行われます。

サテライト細胞(筋原性幹細胞)が再活性化され、筋芽細胞として再び増殖し、損傷部位で新しい筋繊維を形成します。

 

幹細胞から筋肉が形成されるまでのメカニズムは、幹細胞の分化、筋芽細胞の増殖と融合、筋線維の成熟といった複数の段階を経ます。

これらの過程には多くの遺伝子とシグナル伝達が関与しており、体内の環境や外的刺激に応じて柔軟に調節されています。

 

筋肉細胞のベースとなる幹細胞

骨格筋幹細胞(サテライト細胞とも呼ばれる)は、骨格筋の維持や修復に重要な役割を果たす幹細胞です。

これらの細胞は、通常は骨格筋繊維の表面に静止状態で存在していますが、筋肉の損傷やストレスを受けた際に活性化し、筋肉の再生や修復を行います。

 

骨格筋幹細胞は筋繊維の基底膜と筋細胞膜の間に位置しています。

ここに静止状態で存在する骨格筋幹細胞は、筋肉の損傷などの刺激がない限り活動しません。

 

骨格筋幹細胞の主な役割は、筋損傷が起きた際に活性化し、分裂・増殖して筋芽細胞(myoblast)となり、新たな筋繊維を形成することです。

また、筋肉の再生後には一部の細胞が再び静止状態に戻り、将来の損傷に備えて再び準備状態に入ります。

 

骨格筋幹細胞は幹細胞としての能力を持っており、自己複製を行いながら、筋繊維の修復に必要な新しい筋細胞を供給します。

これにより、筋肉は長期的に健康を維持できます。

 

筋肉が損傷すると、成長因子や炎症性サイトカインが分泌され、それが骨格筋幹細胞を活性化します。

活性化された骨格筋幹細胞は増殖し、筋芽細胞に分化し、それがさらに融合して新しい筋線維を形成します。このプロセスが筋再生の基本メカニズムです。

 

骨格筋幹細胞の機能は加齢とともに低下します。

これがサルコペニア(加齢に伴う筋肉量の減少)の原因の一つと考えられています。

高齢者では、骨格筋幹細胞の数が減少し、活性化や分裂の効率も低下するため、筋肉の修復や再生が遅くなります。

 

骨格筋幹細胞のメカニズム

通常、骨格筋幹細胞は静止状態にあります。

この状態では、細胞はほとんど活動しておらず、筋肉が損傷していない限り分裂や再生を行いません。

 

筋損傷や運動などの外的な刺激が加わると、骨格筋幹細胞が活性化されます。

この際、細胞は増殖を開始し、筋芽細胞(筋前駆細胞)へと分化します。

 

骨格筋幹細胞は、筋ジストロフィーのような遺伝性筋疾患や外傷による筋肉損傷の治療法としても注目されています。

幹細胞療法や遺伝子治療の研究が進んでおり、サテライト細胞を活用した筋再生の可能性が探求されています。

 

骨格筋幹細胞は、筋肉の修復や再生に不可欠な細胞です。

加齢や病気によってその機能が低下するため、筋肉の維持にはこれらの細胞の活性を促進することが重要です。

運動や栄養管理は、骨格筋幹細胞の機能維持に有効とされています。

 

今回の研究で明らかになったこと

今回の研究で、骨格筋細胞の活性化にはDUSP13とDUSP27の2つの酵素が重要であることが明らかになりました。

 

今後は、DUSP13とDUSP27が骨格筋細胞内でどのような分子と相互作用し、増殖中の骨格筋細胞を筋文化へ誘導しているのかを明らかにすることが必要です。

 

通常、休眠状態にある小さな単核の骨格筋細胞が、最終的に数百の核から構成される巨大な筋繊維にどのようなメカニズムで成熟するのかを解明すれば、サルコペニアの予防、治療方法の開発に貢献することが期待されます。

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