むせ東北大、Muse細胞製剤の脳梗塞に対する臨床試験を実施
東北大学大学院医工学研究科 新妻邦泰教授、同大学院医学系研究科 遠藤英徳教授らの研究グループは、標準的な急性期治療を行った後でも身体機能障害を有する、脳梗塞発症後14日から28日以内の患者35名を対象にMuse細胞製剤の臨床試験を東北大学病院で実施しました。
この結果は、「Randomized Placebo-Controlled Trial of CL2020, an Muse Cell–Based Product, in Subacute Ischemic Stroke」というタイトルで、国際学術誌のJournal of Cerebral Blood Flow and Metabolismに掲載されています。
脳梗塞の急性期における治療方法が大きな進歩を遂げ、死亡率は徐々に低下しています。
しかし脳梗塞の場合、急性期の後に訪れる後遺症が大きな問題になります。
脳梗塞の後遺症による身体障害は生活に大きな影響を与えるため、多くの患者が脳梗塞の後遺症に悩んでいます。
急性期直後の亜急性期での治療はリハビリテーションが重要になり、リハビリテーションによって患者の状態が改善する例は多くありますが、実際は神経機能の回復には限界があり、脳梗塞発症前の状態に戻るということはなかなか難しいのが実状です。
リハビリテーション以外には有効な治療方法に乏しい亜急性脳梗塞の治療では、理想的な治療方法として失われた神経細胞を補充し、脳梗塞によって傷害を受けた神経回路を再構築することが挙げられています。
その再構築に使うものとして、iPS細胞、身体各所の幹細胞(骨髄由来の間葉系幹細胞)、単核細胞などが期待され、患者への投与が試みられましたが、これまで有効な結果が得られていませんでした。
東北大学では2018年9月から、脳梗塞患者を対象としてMuse細胞製剤の臨床試験を東北大学附属病院で実施していました(治験責任医師:新妻邦泰)。
この試験は、標準的な急性期治療を行った後、身体機能障害を有している患者35名を対象として行っています。
脳梗塞発症後2週間から4週間以内の患者を対象とし、Muse細胞製剤を静脈内に点滴単回投与した際の安全性、及び有効性についてプラセボ対照二重盲検比較試験を行いました。
他家細胞の投与になりますが、対象とした患者には免疫抑制薬を使用していません。
目安として、Muse細胞投与後52週間までの安全性については、臨床試験における問題となる重要な副作用はいずれの患者でも認められませんでした。
Muse細胞とは?
Muse細胞はミューズ細胞と読み、正式にはMulti-lineage differentiating Stress Enduring cellという名前です。
生体に内に存在する非腫瘍性の多能性幹細胞で、ほぼ全ての結合組織、骨髄、末梢血に存在しています。
ヒトの繊維芽細胞、ヒト骨髄間葉系細胞、脂肪由来幹細胞などから単離することができ、市販されているこれらの細胞からも単離が可能です。
Muse細胞は、サイトカインの誘導によって外胚葉系細胞、中胚葉系細胞、内胚葉系細胞に分化することが可能で、この胚葉分化能力は自己複製可能です。
多能性幹細胞特有の関連遺伝子発現は確認されていますが、幹細胞と関連が深い腫瘍性に関する遺伝子の発現レベルは低く、テロメラーゼ活性も低いために無限増殖を行うことはありません。
つまり、移植後の腫瘍形成リスクが非常に低い細胞です。
2018年から、急性心筋梗塞、脳梗塞、脊髄損傷、新型コロナウイルス感染症にとっもなう急性呼吸窮迫症候群を対象とした探索的臨床試験が行われ、その試験の結果のいくつかは論文として報告されています。
ここでMuse細胞の長所をまとめてみましょう。
・ストレス耐性を持つが、腫瘍性を持たない。そして他の幹細胞と比べると短時間で
DNA損傷の修復が行われる。
・Stage-specific embryonic antigenというマーカーを使えば、他の細胞群からの単離が容易である。
・臍帯を含めた多様な組織に存在しており、単離が容易である。
・自己複製能力を持ち、3胚葉由来の多種多様な細胞に分化することができる。
その他にも免疫機能への反応などにおいて他の幹細胞より優れた性質を持ち、「扱いやすい幹細胞」としての地位を確立しつつあります。
モデル動物での研究成果
Muse細胞の投与は、多くの疾病モデル動物で試みられ、改善するという報告が得られています。
これまでに効果があるとされたモデル動物は以下の通りで、非常に多くのモデルに対して効果があり、ヒトの疾病にも効果がある可能性が高いと期待されています。
・心筋梗塞モデル:心筋細胞への分化。
・劇症肝炎モデルと肝部分切除モデル:薬物代謝酵素や糖代謝酵素を作り出すHepPar1陽
性幹細胞への分化。オリゴデンドロサイトへの分化。
・脊髄損傷モデル:ニューロフィラメントへの分化。
・腎不全モデル:糸球体を構成する細胞への分化。
・筋変性モデル:ジストロフィン発現細胞への分化。
・大動脈瘤モデル:血管内皮細胞への分化。
・脳梗塞、アルツハイマー、新生児低酸素性虚血性脳症モデル:グリア細胞に代表される
神経系に重要な細胞群への分化。
これらが報告されており、臨床応用の期待が高まっています。
従来の間葉系幹細胞との違いも、多くはMuse細胞の長所とされています。
・限界希釈後の浮遊培養において、Muse細胞はES細胞の胚葉体に似たクラスターを形成
するが、Muse細胞ではない細胞群はクラスターを形成しません。
・Muse細胞に比べ、非Muse細胞の多能性関連遺伝子の発現は非常に低い、もしく
は検出限界以下です。
培養においては骨、軟骨、脂肪への分化は見られるが、外胚葉性あるいは内胚葉性の細
胞への分化は見られません。
・非Muse細胞を動物の体内に投与しても生体に残らず、投与数日後で検出限界以下となります。
生体に残らないため、組織内での分化や細胞置換も見られません。
従ってMuse細胞でみられるような組織修復作用はもたらされませんが、非Muse細胞は損傷部位で生着しない代わりに各種サイトカインや栄養因子、さらには抗炎症因子を
産生することで間接的に組織修復を助けていることが示唆されています。
さらに、入手しやすさについてもMuse細胞は優れています。
以下の市販されている幹細胞には一定の割合でMuse細胞が含まれていることが確認されています。
骨髄間葉系幹細胞では、数%の細胞がMuse細胞であることが報告されています。
繊維芽細胞は、入手が非常に容易な細胞ですが、1%から5%の細胞がMuse細胞であると報告されています。
脂肪由来幹細胞では、最大7%の細胞がMuse細胞とされています。
このような特徴から、Muse細胞は今後の研究発展に期待が集まっており、元々は東北大学の研究グループが発見したということで、iPS細胞と並んで日本発の再生医療細胞製剤として研究の発展が求められています。
研究の詳細
この研究では、Muse細胞製剤を投与後、modified Rankin Scale(mRS)に従って患者の状態を判定しています。mRSとは、神経運動機能に異常を来す疾患の重症度を評価するためのスケールです。
mRSは、脳血管障害、神経疾患後の生活自立度を表す最も一般的な尺度で、以下の区分がなされています。
mRS0: 全く症状がない。
mRS1: 症候はあっても明らかな障害がなく、日常の活動は可能。
mRS2: 軽度の障害、日常生活は自立している。
mRS3: 中等度の障害。何らかの介助を要するが、歩行は介助なしに可能。
mRS4: 中等度から重度の障害。歩行や身体的要求に介助を要する。
mRS5: 重度の障害。寝たきり、失禁状態、常に介護を必要とする。
mRS6: 死亡。
この治験に参加した患者は、多くがmRS4、mRS5のレベルでした。
しかし、投与後12週間後には、Muse細胞製剤を投与した群で、40 %がmRS0からmRS2のレベルまで改善されました。
さらに投与開始後52週間後には、Muse細胞製剤投与群で68.2 %の患者がmRS0からmRS2に達し、Muse製剤投与の効果が証明されました。また、Fugl-Meyer Motor Scale(FMMS)で評価すると、上肢に大きな運動機能回復が顕著に見られています。
これらの結果から、Muse細胞が亜急性脳梗塞治療の手段として安全かつ有効な処置であることが示唆されましたが、現時点では単一の医療機関で行われた治験のため、さらに参加医療機関を拡大して治験を行う必要があります。
研究グループはより大きなPhase3の研究を計画しており、実用化に向けての研究を進めています。