再生医療をサポートする薬剤が追加
JAK/STATは、正式名称がThe Janus kinase/signal transducer and activator of transcriptionであり、日本語では「ジャック/スタット」と呼ばれています。
JAKとSTATはそれぞれ違う分子で、共同してサイトカインシグナルに作用する分子です。
このJAK/STATがそれぞれ独立して扱われる時は、JAKの正式名称、The Janus kinase、ヤヌスキナーゼと呼ばれます。
2023年8月23日、このヤヌスキナーゼ阻害薬(JAK阻害薬)、ルキソリチニブリン酸塩の適応が、「造血幹細胞移植後の移植片対宿主病」におけるステロイド剤の投与で効果不十分な場合において追加されました。
ノバルティスファーマからジャカビ錠として5mgと10mgが販売されており、この薬剤が今回の適応追加の対象となります。
用法用量は、「成人及び12歳以上の小児に1回10mgを1日2回、12時間毎を名安に経口投与され、患者の状態により適宜減量する」とされています。
移植片対宿主病とは
移植片対宿主病は、急性のものと慢性のもの、2種類存在します。
詳細は後述しますが、移植片対宿主病は臓器移植と密接に関係する疾病です。
臓器移植後、発症するまでの時期が100日内の場合を急性移植片対宿主病と呼び、100日以降の場合を慢性移植片対宿主病と呼びます。
移植片対宿主病は、Graft versus host disease(GVDH)という英語表記から、GVDHと略される事が多いので、この記事上でもGVDHで統一します。
GVDHは「臓器移植に伴う合併症の一つ」とされています。
臓器移植において、臓器を与える側をドナー、受け取る患者をレシピエントと呼びます。
臓器移植を行った場合、ドナーから移植された臓器はレシピエントの体内に移動します。
移植される臓器にとっては、受け取る側、つまりレシピエントの体は「異物」になります。
そのため、移植された臓器がレシピエントの臓器を「異物」として攻撃することがあり、これを移植片対宿主病と呼びます。
移植片対宿主病は「拒絶反応」と混同される事が多く、混乱を招いている部分もあります。
移植片対宿主病は移植された臓器がレシピエントの臓器が攻撃されますが、拒絶反応の場合はレシピエントの臓器が移植された臓器を「異物」として攻撃します。
つまり、攻撃する側とされる側が逆になっている関係がGVDH(移植片対宿主病)と拒絶反応の関係になります。
GVDHは様々な臓器移植の後に発生しますが、特に免疫組織を直接移植する、造血幹細胞移植(骨髄移植)や輸血後のものが知られています。
これらに含まれている免疫系が移植された側、つまりレシピエントに対して攻撃を加えるのがGVDHです。
しかし明確な原因は確立しておらず、急性期には血液提供者のキラーT細胞が主な原因と推測されています。
これが慢性期になると、より多くの免疫機能が関与していると考えられています。
治療としては、免疫抑制剤やステロイドが有効とされていますが、この治療は急性期のみで、慢性期の予防法は確立されていません。
GVDHの治療と予後
今回新たに適応されたJAK阻害薬ですが、これまではブルトン型チロシンキナーゼ阻害薬(BTK阻害薬)、免疫抑制剤、ステロイドの継続投与、投与量増量、パルス状投与が試みられています。
これらの薬剤は、一時的に免疫機能を抑制します。
その目的は、免疫機能による炎症を抑えるためですが、それはあくまで対処療法でしかなく、免疫機能の適合性を改善するかどうかは不明です。
急性期には患者の生命を維持する作用はありますが、コントロールできないケース、またはこれらの薬剤の副作用によって合併症状を呈し、生命が危機にさらされる場合も少なくありません。
慢性期においても、免疫抑制剤やステロイドの投与が行われており、症状の一部が改善されています。
しかし、多くの症例では症状の持続、または増悪が観られます。
ということは、慢性期においても免疫機能の適合性が薬剤、時間経過で改善しているとはいいきることができません。
輸血後移植片対宿主病
昔、輸血を伴った手術後に、患者がアレルギー症状を示して死亡する例はよく知られていました。
これは術後紅皮症と呼ばれていましたが、1980年代中盤から1990年代にかけて原因がほぼ解明されました。
これは輸血血液中に含まれる血液提供者のリンパ球が患者の体内で増殖し、患者の全身組織を攻撃して破壊することから起こります。
その対策として、現在では赤血球・血小板などの血液構成成分ごとの輸血が普及しており、輸血製剤中のリンパ球は、製剤のステップでほぼ取り除かれています。
とはいえ、ごく少数のリンパ球は製剤中に残存しています。
このリンパ球は患者の耐組織を異物と認識して攻撃をするのですが、少数のために患者側の異物認識による攻撃に勝てることはなく、輸血された患者の免疫応答によって完全に排除されます。
しかし、ごく稀に輸血血液中の残存リンパ球が患者の体内で制限なく増殖し、患者の正常な耐組織を傷害する場合があり、これは輸血後GVDHと呼ばれています。
この現象の大元は、白血球をはじめとする全身の細胞に存在するヒト白血球抗原(HLA: Human Leukocyte Antigen)の違いによるものです。
HLAにはいくつものタイプがあり、臓器移植ではこのHLAが一致するドナーとレシピエントでないと、GVDH、または拒絶反応が起きてしまいます。
GVDHの詳細
HLAの違いによって起こるGVDHは、HLAが一致していれば防げるかと言われればそうとも言えません。
急性GVDHの中には、HLA型が一致した兄弟間でも起こる可能性があり、約半数で起こり、そのうち25 %は治療を必要としています。
血縁関係のある兄弟でもこのレベルで起こるので、非血縁からの移植では頻度、重症度が増加します。
そしてこの治療にステロイドホルモン剤などの免疫抑制剤を使用するのですが、免疫機能が抑制するために患者の抵抗力が弱まり、感染症などの合併リスクが跳ね上がります。
症状は、皮膚が赤くなる皮膚症状、肝障害による黄疸、消化管症状による下痢、脱水など、生命に危機を及ぼす症状が多数確認されています。
一方で、慢性GVDHでは、急性GVDHと同様に皮膚、肝臓、消化管の症状に加えて、口腔内の障害(口内炎など)、ドライアイ、特殊な肺炎、閉塞性気管支炎が見られます。
慢性GVDHが直接原因で死亡する患者はそれほど多くありませんが、症状によって生活に大きな影響が出ます。
重症化すると治療の適応となるため、長期にわたるステロイドホルモン剤の投与、または他の免疫抑制剤が使用されます。
これらの薬剤の使用が長期間に及ぶ場合、免疫低下による感染症、また骨粗鬆症、大腿骨頭壊死などを起こすケースもあります。
新しい薬剤が適応に
そして今回、ヤヌスキナーゼ阻害薬(JAK阻害薬)、ルキソリチニブリン酸塩の適応が新たに加わったのですが、以下の点に注意する事が必要です。
投与による免疫低下で、致死的な感染症が発現する可能性があることから、投与患者に対して十分な観察を行うなど感染症の発症に注意しなくてはなりません。このことについては、薬剤添付文書の「警告」「重要な基本的注意」「特定の背景を有する患者に関する注意」「副作用」の項に示されています。
副作用により休薬、減量する場合は、添付文書の「用法及び用量に関連する注意」に記載のある基準を考慮して行い、治療効果が認められた場合は、同薬の漸減を検討することが求められています。
医薬品リスク管理計画書(RMP:Risk Management Plan)では、重要な潜在的リスクとして「進行性多巣性白質脳症」「ルキソリチニブ中止後の有害事象(骨髄線維症及び真性多血症の症状再発を含む)」「高血圧」「悪性腫瘍(二次発がん)」「心血管系事象」「ウェルニッケ脳症」「CYP3A4阻害剤との併用による過剰曝露」「ルキソリチニブと造血成長因子との併用による薬力学的相互作用」「末梢性ニューロパチー」が挙げられています。
この薬剤の重大な副作用として、感染症(17.2%)、心不全(0.5%)が報告されているため、十分注意する必要があり、その他の副作用として、主なものに白血球数減少、下痢(各5%以上)などがあります。
また、重大なものとして、骨髄抑制、進行性多巣性白質脳症(PML)、出血、間質性肺疾患、肝機能障害を生じる可能性があるので、十分注意する必要があり、特にGVDHの患者に対しては慎重な投与、観察が求められています。
また、急性GVDHの治療としてスタンダードであるステロイドの全身投与ですが、患者の約半数の患者でステロイド抵抗性となり、二次治療が必要とされています。
二次治療では、指定再生医療等製品であるヒト骨髄由来間葉系幹細胞(テムセルHS)や抗ヒト胸腺細胞ウサギ免疫グロブリン(サイモグロブリン)、ミコフェノール酸 モフェチル(セルセプトなど)が用いられています。
一方、慢性GVHDも約半数の患者がステロイド抵抗性または依存性となるという報告があります。
ブルトン型チロシンキナーゼ(BTK)阻害薬イブルチニブ(イムブルビカ)が2021年9月に承認されたものの、二次治療は確立されていないのが現状である。
こういった中で適応が認められたヤヌスキナーゼ阻害薬(JAK阻害薬)、ルキソリチニブリン酸塩によって、GVDH治療がどう変わっていくのかについては、治験などによる研究が行われたとはいえ、適応治療が実装されて行われてみないと何が起こるかわかりません。
しかし、効果があることは確認済みであり、GVDH治療が良い方向に行くことが期待されています。